noir(ノワール)

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2 「準備はオッケーだね!」 ジゼルと私は最初の復讐を果たすべく、王子と花嫁の結婚式に潜り込んでいた。私は今までの未練を断ち切るように髪を切った。それに、ジゼルの魔法だか何だかで人魚姫だった私の面影はゼロに等しい。ここで、私たちは二人の結婚式を台無しにする。  ジゼルが提案したのは、花嫁の義妹による花嫁の本性の暴露だ。  「実はあの娘、父親の再婚相手の連れ子―つまり義妹にものすごーく意地悪だったんだって!気に入らないことがあったら、毛虫を頭から落としたり、新しい拷問器具をその妹に試したり…。ほとんど奴隷みたいに扱ってたとか」 その話を聞きつけたジゼルはその義妹を結婚式に呼んで、スピーチをしてもらう手はずを整えていた。もちろん、花嫁の義妹は二つ返事で了承したそうだ。  花嫁は義妹の登場に驚きはしたものの、スピーチを止める勇気はなく、じっと座っている。表情はこわばり、何を言い出すのかとドキドキしているみたいだ。  義妹は傷だらけの手で手紙を開いて、スピーチを始めた。  「新婦の妹のレイラと申します。本日はお忙しい中、多くの皆様のご出席を賜り、誠にありがとうございます。さて、姉からはたくさんのことを学ばせていただきました。例えば、熱した鉄板の上に何時間も立たせられたり―このように姉が私に教えてくれた数々のことは、決して忘れることはないでしょう。本日は本当に、おめでとうございます」 花嫁の義妹が話し終わった瞬間、会場をただ静寂だけが支配していた。  しばらくたって、怒号と戸惑う声がクレッシェンドのように聞こえてくる。  「やったね、人魚姫!」 ジゼルが義妹のほうに駆け寄るよう私を促した。  「はあー。本当にすっきりしました!ありがとうございます!」 私たちが義妹のもとに駆け寄ると、義妹は爽快感溢れる表情をしていた。 「こちらこそありがとうございます」 私がお礼を言うと、義妹は上品に手を顔の前で振った。  「人魚姫、もう少しだけやっちゃおうよ」 ジゼルが私と義妹に、大きなクリームパイを差し出した。これを何に使うのかは…なんとなく想像がつく。  「ふふ。ここまで来たら、やることまでやっちゃいましょう」 義妹は上品に笑うと、花嫁の顔に勢いよくクリームパイを投げつけた。花嫁からの距離は三歩程度しかない。無論、花嫁は避ける時間もなく…顔に見事命中した。  横にいる王子は、何が何だかわからない様子で会場をきょろきょろと見まわしていたが、花嫁がクリームパイまみれになった瞬間、怯えたように肩を震わせた。  「人魚姫、やっちゃいなよ」 ジゼルの声に押されて、私は震える手で王子の顔にクリームパイを投げつけた。髪を切った私が人魚姫だと気づく人は誰もいない。王子でさえも、私があの声の出せない可哀想な人魚姫だとは気づかない。  「おい!お前ら何をしている!」 兵隊が会場の外から私たちめがけて入ってくる。どうやら王子と花嫁の親族が呼び寄せたようだ。ジゼルと私は顔を見合わせて、0.1秒の無言の議論の末、すぐに逃げようという結論に至る。  「逃げるよ!」 小柄なジゼルが兵士たちの間を縫って走っていく。私は置いていかれないように、ドレスが汚れるのに目もくれず走った。ドレスは、チキンのソースが飛び散って、水玉柄になった。  私が会場を去る最後に見たのは、怒りと困惑が混じった王子の顔だった。こんな不細工な奴に恋をしていたんだなと、そのとき私ははじめて気づいた。      
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