6人が本棚に入れています
本棚に追加
3
それから私たちは、ヨーロッパ中を駆け回った。
シンデレラは、ジゼルからあらすじを聞いて、王子様よりも早く、私たちがガラスの靴を回収した。その結果、シンデレラはただのお手伝い、王子は金持ちのぱっとしない娘と結婚させられた。
ラプンツェルは、塔から落ちた男をほかの娘に助けさせて二人が恋人になるように仕向けた。私と同じ目に遭うことになるラプンツェルには同情の気持ちが湧いたが、ジゼルの「君はもう人魚姫じゃない。ブラックヒロインなんだよ」
という一言で躊躇いを消した。
眠り姫は棺に入っている姫をただの町娘に入れ替えた。姫は、ジゼルが魔法を解いて、自由の身だ。ただ、永遠と森の中を彷徨っているかもしれないけれど。
ハッピーエンドを壊していくたび、私の心のストッパーは外れていった。そんな私に、ジゼルは聞く。
「どこまでやり続けるつもり?」
「どこまででも」
「君は幸せ?」
「もちろん」
私の言葉に、ジゼルは切なげに、それでいて満足そうに頷く。
王子様に恋焦がれ、ひれを捨てた私は、もうここにはいない。私は黒だ。ブラックヒロインだ。
それなのに。
ベルというプリンセスを町の乱暴者と無理やり結婚させようと、乱暴者に嘘を吹き込んでいるときに、異変は起こった。
乱暴者をベルのもとに送り出すと、私の体は激しい痛みに支配された。
あざのような痛みが体全身に広がる。そう、私がまだ人魚姫だったころに感じた懐かしい痛み。
「っ、ジゼル…!痛いの!助けて!…痛い!」
「知ってるよ」
ジゼルはうずくまる私を気にもせず、笑ってそういった。
「早く!痛みを消してよ!ねえ早く!ジゼルならできるでしょ?」
「できるよ」
「なら早く!」
私の訴えもむなしく、ジゼルは私の様子をじっと見つめるだけだ。
「ねえ人魚姫。何が起こったのか知りたい?」
「そんなのいいから、早く!」
「…君は不幸な人魚姫だったんだよ。僕が助けた時にはね。でもね、君は周りの人をバッドエンドに導くことで、幸せになっていったんだ。それって、ハッピーエンドだよね?」
ジゼルは私を無視して、自分勝手に話し出す。小さい子供のなりで、苦痛でゆがむ私の顔を覗き込みながら。
「そ、そんなこと言われても!…あのとき私を、私を誘ったのはジゼルだよ!ねえ痛い!痛い!」
「…だからね、僕は魔女との約束を復活させたんだ。ブラックヒロインは、不幸じゃなきゃいけないんだよ」
ジゼルが嗤う。
「だから、君には死んでもらうことにしたんだ」
「この悪魔!」
ジゼルを罵る私の声は、ジゼルの嗤い声に吸収されていく。
「ねえ人魚姫。君だけが幸せになるなんて許されないんだよ?」
ジゼルは嗤う。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「大丈夫!あともう少しで泡になっちゃうから!」
ジゼルは嗤う。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。
「…今度は、シンデレラのとこにでも行くか!」
ジゼルの陽気な声が、脳内に響き渡る。
じゃあね、人魚姫。ジゼルは嗤う。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。煩い。痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛……………。
ジゼルは笑いながら囁く。
「やあシンデレラ。こんな灰まみれになって可哀想に」
最初のコメントを投稿しよう!