~人魚の秘密~ 二つの鱗族

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~人魚の秘密~ 二つの鱗族

 その昔、人魚と龍と人間が深く関わっていた頃がありました。これは、その頃のお話でございまず。  その頃は、天と海に棲み家を分けた二つの種族が、鱗族として暮らしていました。海に棲み家を持つ鱗族は‘人魚’と呼ばれ海鱗宮で暮らし女しかおりませんでした。  一方、天空に棲み家を持つ鱗族は‘龍’と呼ばれ天鱗宮に暮らし男しかおりませんでした。この二つの種族は、互いに助け合い血脈を守っていたのでございます。  人魚には産まれたその日から一体の守り龍が付き、この一対の関係は生涯変わる事はございません。数百年という永い永い二つの種族に産まれた命が過ごす生涯を、一対の相手と過ごす事になるのです。  人魚たちは時折、人間の脚を手に入れ姿を変えました。それは、人間の若い男に恋をし、成就させて血脈を繋ぐ為。海鱗宮の妖魚に頼み、美しい尾を脚に変える秘薬を飲むのです。  その美しい脚を得る際には、激しい痛みが伴いました。痛みに耐えた後、美しい人間の姿を得て恋しい男の前に現れる。  しかし、人魚が人間の姿でいられるのは、わずか七日間。その間に、想いを告げ男を虜にし交わりを得て海鱗宮に戻らねばならない。そして、秘かに出産する。人魚の姿に戻り海鱗宮に帰れば、時の流れが変わる。海鱗宮の一日は、人間の時なら一年。人魚が人間と子を得て翌日には、もう海鱗宮で出産するのです。  こうして産まれた女児は、人魚となり海鱗宮で生き、男児は天鱗宮へ上げられ龍となり生きる。人魚たちが人間と交わる事でのみ、鱗族は血脈を繋ぎ繁栄させてきたのでございます。  人魚たちは、難破船の中から助けた男を見初めることもあれば、沖で漁師に恋をする事もありました。岩場から見つけた浜辺の男の事も。人魚たちは皆、美しく豊かな髪と容姿、優しく響く声を持っていました。彼女たちの歌声を聞いた者は、その歌声が耳から離れず深く心を奪われてしまう。昼も夜も、甘い歌声を心の内で聴いている。  そして、彼女たちの姿を見たものは、その姿が心に焼き付き四六時中浮かび上がり、ただただうっとりするのでございます。  年頃を迎えた人魚の月李(ユエリ)は、少し違っていた。他の人魚たちが当然のように人間の男を探しに行き恋をしようとするのに、なかなか興味を示さないでいる。自分の守り龍の陽光と遊んでばかりいる。 「月李。そろそろ、あなたも恋をする事を考えなさい。他の者は皆、毎日あちこち出かけているわ。」 「えぇ、分かっています。王女様。ですが私はまだ・・・」 「月李。あなたは一際美しく、優しい声を持っているのよ。心もまっすぐだし、それを生かさないのは勿体ないわ。あなたが見初め本気で恋をすれば、きっと成就するわ。必ず、子を得て戻って来られる。怖がることはないのよ。」 「王女様。怖くなどないのです。ただ、私はまだ・・・ 心の準備が出来ていません。でも、いつか必ず、皆のように恋を成就させ子を得て海鱗宮に戻って来ます。そう、お約束致します。」 月李は、王女に約束し海鱗宮を後にした。そして、いつもの岩場から海を眺めていると、守り龍の陽光(ヤングァン)がやって来た。 「どうした? 月李。何かあった? 心が沈んでいるようだけど。」 陽光は、優しく月李を尾で包み話しかけた。 「王女様に叱られてしまったわ。皆のように恋を探しに行きなさいって。」 「そうか・・・ 君も年頃になったのだから、王女様も心配なさっているのだね。鱗族の血脈を繋いでいく為には、避けられない事だから。」 「えぇ、分かっているわ。でも、嫌なの。陽光、あなたが人間なら善かったのに。そうしたら私、喜んで恋に落ちるわ。片時もあなたを忘れず歌を唄い、傍に居て子を得るわ。」 月李は、無邪気な華やいだ笑顔を陽光に向けた。 「月李。残念ながら僕は人間の男じゃない。君が産まれた時からの守り龍だ。それは難しいね。だけど数百年という永い時間を君と共に過ごす事が出来る男だよ。」 陽光も笑顔でウインクした。 「それはそうだけど。人間と恋をした人魚は皆、話しているわ。恋をすると心も体も一つになろうとするって。お互いが一つである事を願うって。」 「へぇー。そう云うものなんだ。」 「そうらしいわ。だから一瞬の恋でも、十分に味わい得られる物があると云っていた。私は、陽光。あなたにその感情を感じるわ。」 「おいおい、月李。どうした? 僕だって君が好きだよ。君とずっと一緒にいられるなんて、なんて楽しいんだ。なんて幸せなんだと毎日思っているよ。  だけど、人魚と龍は決して交わらない。それが鱗族の種族の在り方だ。君もよく分かっているはずだろう?   だから、どうにもならない。君の望みは叶わないんだよ。」 月李をなだめるように陽光が言うと 「本当にそうなのかしら? 人魚が龍を好きになってはいけないの? もし恋をしても、その恋は決して叶わないの? 本当に、どうにもならない事なの?」 月李の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。その涙は、次々に真珠になり海へ落ちてゆく。 「ごめんよ。月李。君を泣かせる気なんてなかったんだ。ごめんよ。」 陽光は、月李の涙を受け止めながら謝った。 「もういいわ。帰る。」 月李は泣きながら海へ飛び込み、海鱗宮へ帰ってしまった。 「月李、ごめんよ。君があんなに泣くなんて思ってなかったんだ。僕だって本当は、君が何より愛しいよ。君の声をずっと聴いていたいし、君の姿をずっと見ていたい。出来る事なら僕が、君と恋をし子を成す男でありたいさ。  だけど、僕は龍族なんだ。人間じゃない。だからこそ、君と数百年を一緒に過ごせるんじゃないか。人間の寿命より、一度の恋より遥かに永い時を君と一緒に。そう、僕は龍族なんだ・・・」 一人残された岩場で、陽光は呟いた。  陽光の胸には、二つの想いが交錯し渦巻いた。龍族である事の誇りと恩恵。そして、守り龍であるが故の苦しみと痛み。本来なら恋とは無縁の龍族でありながら今、陽光の胸には恋が生まれている。その温かく小さな痛みは、本当に‘恋’なのだろうか? それとも、守り龍として一対の人魚への種族の情愛なのだろうか?     どちらであっても陽光の胸には、月李への特別な深く温かい想いが生まれ育とうとしている。その大きな蠢きを感じ恐れを抱きながら、陽光は天空へ昇って行った。
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