終わりは始まりだった

3/3
176人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
その声に振り返ったら、ロングコートを着たサラリーマンらしき男性が立っていた。薄暗がりでも、私を見ている瞳に優しさがあるとわかった。怖さはない、でも、見ず知らずの人だ。 「あ、あの…ちょっと色々ありまして、帰る所が…」 同棲を解消して住む所がなくなったなんて、初対面の人には言えない。 「帰る所がないんですか?」 「はぁ、まぁ、端的に言えばそうです」 「じゃあ、うちに来ますか?」 「えっ!」 さも当然のことのように“持ち帰り”を誘われた私は、なんて返事をすればいいかわからなかった。 「ここにいて濡れたままでは風邪をひきますよ。行きましょう。よかったらそのタオルを使って髪を拭いてください」 私の返事を待たずに歩き出す。行きましょうと言われて思わず私も立ち上がってしまい、2、3歩進んだその人に声をかけた。半分だけ振り返ったその人に訊く。 「えっと…あの…誰?」 「僕は江木(えぎ)です、江木(えぎ)朔太郎(さくたろう)」 「江木(えぎ)…さん、ご親切にありがたいんですけど、私、今初めて会いましたよね?あなたと」 「ですね、これまでに会った記憶はないと思います」 「なのに、家に誘うって、どういう…」 体ごと振り返って、真正面に向き合った。 「理由ですか?簡単です、あなたがこんな寒い夜に雨に濡れていて、帰る所がないと言ったからですが、何か?」 ___真正面だ!この人! 背中越しにしか話さなかったさっきの駿(しゅん)を思い出した。この朔太郎(さくたろう)は、私に真正面から話をしてくれる人だから悪い人じゃない、きっと。 よくわからない確信に従って、私はこの江木(えぎ)朔太郎(さくたろう)という男について行くことにした。私を強制的に連行しようとしてないし、怪しかったら即逃げればいい。そんなことを考えながらも、頭に乗せられたふかふかのタオルで髪を拭きながら歩く。 「あー、雨上がりましたね」 「あ、痛っ」  いきなり空を見上げて立ち止まった朔太郎(さくたろう)に、コツンとぶつかってしまった。 「痛かったですか?すみません」 「いえ、ぶつかってしまったからつい条件反射的に出てしまいました」 「そうですか、それならよかったです」 そう言うとまた歩き出した。 ___少し変わった人? なんて思いながらも、猜疑心がまったく湧かない朔太郎(さくたろう)の後について歩いて行った。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!