同棲編・11

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同棲編・11

 玄関ドアの施錠される音が、いつもより大きく響くような気がした。  よろよろとゆっくり進む裕哉の腰は、七斗に横からしっかりと支えられている。鞄を下ろし、ジャケットやネクタイを脱がされて、着せ替え人形のようにされるがままじっとしていた。  このままパジャマに着替えさせられて寝るのだろうかとぼんやり考えていたら、手を止めた七斗が突然裕哉のことを抱き締めた。  腕の中にすっぽりと閉じ込められて狼狽える。両手をどうすべきか持て余す間に、耳元で囁かれた。 「裕哉……本当はそんなに酔ってないでしょ」  ど、と心臓が跳ねる。恐る恐るその顔を見ると、裕哉自身よりも裕哉のことを良く知っている瞳と目が合う。 「……どこから気付いてた……?」 「わかるよ。顔もほとんど赤くないし、ちゃんと足に力入ってるし。僕が普段どれだけ君のこと見てると思ってるの」  猫宮にこの案を提案されたとき、七斗を騙すなんて無理だろうと直感で思ったのだが、その通りだった。気まずさに視線を落とす。 「……怒った?」 「怒ってないよ。ただ、僕以外の男と内緒でコソコソしてるのはあまり気分のいいものじゃないかな。どうして酔ったふりなんかしたの?」 「お前の本心が、知りたくて」 「僕の本心?」  頷く。リビングで向かい合ったまま、一瞬目を閉じて己に言い聞かせる。気持ちは口に出さなければ伝わらない。 「俺と付き合ってること、本当はどう思ってる?」 「どうって……」 「本当は、友達や会社に堂々と恋人の話とかしたいと思ってるのに、俺のせいで我慢してないか。セックスだって——七斗が最後までしてくれないのは、俺が、七斗のことちゃんと興奮させられてないからとか、やっぱり男の俺じゃそんな気になれないんじゃないか、とか。俺ずっとそんなこと考えてて……」  声に出せば出すほど、全て自分が悪かったことのように思えた。積み重ねてきたことの一つ一つは間違っていないのに、見渡してみると、がんじがらめになって身動きのとれない自分がいる。  鬱屈とした気持ちを溜め込んでしまうのも悪い癖だ。相手の反応に怯えて表に出さないくせに、膨らんで破裂するときにはこうして気持ち悪いくらい饒舌になる。 「七斗が俺のこと好きだっていつも言ってくれるのに、だから、俺も俺のこと好きになりたいけど、でも、やっぱり、全然自信持てねえし」  途中で心が挫けそうになる。頑張れ、最後まで言い切れ、まじないのように繰り返した。 「図々しいこと言ってるってわかってるけど、俺はちょっとやそっとじゃ理解できない馬鹿だから。こんな俺でも嫌でも理解できるくらい、もっと、もっと俺のこと、ちゃんと……愛して…」  最後は蚊の鳴くような声になってしまった。言い切ったという達成感がある一方、言ったそばから撤回したくて堪らない。心からの祈りと切望の言葉だった。  耐えきれず「ごめん」と言おうとして、口を開く前にまた抱き締められた。突然温もりに包まれたことに驚いて、目を瞬かせる。 「な……ななと、」 「ごめんね裕哉」  言おうとした言葉を先に言われてしまった。 「ごめん、そんなに君を不安にさせているとは思わなくて……。引かれるんじゃないかって心配になるくらい、僕は君のことが大好きなんだよ。だから、逆に君を怖がらせるんじゃないか不安で、本心を行動に移すことも言葉にすることも、あまりできなかった」  腰は抱かれたまま、顔をほんの少し離す。至近距離で見つめ合って、かなりの恥ずかしさを感じたが、これなら不安もすれ違いも入り込む余地はなかった。 「え、いや、普段から言葉では好きって何度も言ってくれてるから……」 「本当は、君を鎖で繋いで、この部屋に閉じこめて、誰の目にも触れさせたくない。僕以外を視界に入れてほしくない」  ぐ、と腰を抱く腕に力が籠もった気がした。 「僕の好きはそういう次元の好き。時々怖くなるよ。こんな風に独占欲に狂った自分を、僕は知らない。裕哉に対する感情の抑え方がわからないんだ」  そこまで強く力を掛けられているわけでもないのに、七斗の腕は今にも裕哉の体を抱き潰してしまうことに怯え、僅かに震えている。その背中に自分もそっと腕を回し、優しく撫でた。 「抑えなくていいから。大丈夫、ぶつけてくれたほうが俺は安心する」 「僕の愛はきっと重いし、ねちっこいよ」 「俺にはそのくらいがちょうどいい。七斗はそのままでいいんだって、前も言っただろ」  真っ直ぐ向けられる瞳は裕哉の全てを見つめている。呑み込まれそうになっても、胸の奥で逃げ出したくなるような熱が沸いても、逸らすことはしなかった。 「友達にも会社にも、裕哉と付き合ってることは言わなくていい。みんなが君の魅力に気付いちゃうから。……そのときが来たら家族には紹介するね」 「家族って」  大袈裟な、と茶化そうとしてやめる。七斗の目は真剣そのものだった。 「そのくらい君との未来を本気で考えてる」  今まで以上の愛を要求したのは裕哉だが、要求した途端これほどの愛を一気に浴びることになるとは思わなかった。思わず視線を落として呻く。自分でも耳まで真っ赤になっていることがわかるほど赤面していて、それを見て笑った七斗の吐息が耳に触れた。  胸の辺りで発生した、あまりよろしくない熱が、腹を通過して腰にまとわりつく。思わず体を震わせた。 「あ、あの、あのさ」  再び顔を上げて七斗を見つめる。途端にじわりと目の周りが熱くなり、潤んだ瞳を向けてきた裕哉に七斗は驚いていた。 「裕哉?」 「俺、さっき居酒屋にお前が迎えに来てくれたときから、ヤバくて」  背中に回していた手を自分の前に持ってきて、服の上から臍の下辺りに触れる。 「なんか、腹がずっと……疼いてるっつーか……たぶん、甘イキ、ってやつ。……ここ、きゅんきゅんするの止まんない」  触れられるだけで、耳に吐息がかかるだけで、体が勝手に昨日の情事を思い出す。腹の奥が疼き、収縮して、熱に穿たれることを欲していた。  こんな密着した状態で、これ以上我慢が利きそうになかった。自分でも信じられないほど甘えて媚びた声が出る。 「ななと……」 「うん。大丈夫、僕に責任取らせて」  腰を撫でられただけで、前の膨らみがスーツのズボンを押し上げる。一層強く抱き寄せられて、額にキスをされて、もう腰が砕けそうだった。 「ベッドいこ」  囁かれた言葉に、ぼんやりとした頭で頷いた。
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