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世の中には二種類の人間がいる。明るい人気者と、陰気な日陰者。裕哉は後者だった。
大きなサーバーの詰め込まれた狭い一室で、裕哉は今日も一人モニターに向き合っていた。セキュリティの観点から、数少ない窓は全てブラインドが閉められている。ここにいると時間の流れがまるでわからない。
そこそこ名の知れた中堅不動産会社の自社ビルに、こんな陰気な部屋があるとは誰も思わないだろう。時計を確認すると、時刻は定時を少し過ぎた頃だった。
椅子を引いて四肢を大きく伸ばす。よっぽどのことがない限り残業はしない主義だ。作業用PCの電源を落とし、荷物をまとめて席を立つ。
部屋の入り口の端末に、首から下げたICカードをかざす。ピッという電子音の後、画面に「後川裕哉」と名前が表示されて、扉が開いた。
退社挨拶をする先輩や上司はいない。皆基本的に在宅勤務を選択していて、毎日出社しているのは自宅が近い裕哉だけだ。
社内の誰と会話することもなく、静かに出社して静かに帰る。入社してから三年間ほとんどそんな毎日だが、サーバールームと同じくらい陰気な自分にはぴったりだと思った。
エレベーターで一階まで下りると、広いロビーの真ん中で数人の社員が集まっているのが見えた。邪魔だと思われないないように、無意識に背中を少し丸めてロビーの端を歩く。
もっとも、裕哉が近くを通ったところで気に留める者などいない。道端に転がる石か、良くて通りすがりのそよ風程度に思われている。
自分でも本気でそう思っているため、横を通り過ぎようとした時、何の前触れもなく明るい声が飛んできて心臓が跳ねた。
「あれ、後川? 後川だよね?」
小さく飛び上がるほど驚いた。立ち止まり振り向くと、たむろしている社員たちの中から、太陽の如く明るい笑顔を向けてくる人物がいた。
「……檜前?」
「そう! 久しぶりだね、今帰り?」
その顔には見覚えがあった。営業部に配属された、同期の檜前七斗だ。顔を合わせるのは新入社員研修以来だが、いつも明るくて人に囲まれていた彼が、自分のような人間のことを覚えているなんて驚きだった。
「あー……そうだよ。檜前は、飲み?」
「うん、お客さんの接待も兼ねてるんだけどね。先輩たちとお店を予約しているんだ」
七斗は陰気な裕哉にも臆せずに話しかけてくる、貴重な同期だった。彼が積極的に裕哉を同期の輪の中へ引き込んでくれなかったら、馴染めず早々に根を上げていたかもしれない。
変わらずにこやかな笑顔を向けてくる七斗の横で、彼と同じ営業部の社員たちは後川のことをじっと見つめていた。
「檜前の同期?」
「はい。僕の同期の後川です」
明るい七斗の声とは裏腹に、裕哉は一刻も早くここを立ち去りたかった。拳をきゅっと握る。
「お疲れ様です。情シスの、後川です」
裕哉が頭を下げると、頭上から「あぁ」とか「なるほど」という言葉が降ってくる。
次に頭を上げた時、裕哉を見つめる複数の視線はどこか人を見下すようなものに変わっていた。
「情報システム部か。全然見かけないから外部の若手かと思った」
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