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 頭のてっぺんから足の先まで値踏みするような視線を向けられて、愛想笑いできるほど裕哉は器用ではない。  居心地の悪さを感じて目線を下げる。  営業部の社員は七斗も含めて、皆高そうなスーツと革靴を履いている。対して裕哉が今着ているのは、就職の時に買ったリクルートスーツのボトムスに、適当なシャツとジャケット、スニーカー。なんともちぐはぐな格好だった。 「定時退社なんて羨ましいよなぁ。俺たちは毎日外歩き回って残業だもんなぁ」 「社内にこもってパソコンの世話してるだけで、同じ正社員として扱われるなんて不思議な感じだよ」  先輩社員たちの言葉がちくちくと刺さる。  会社の稼ぎ頭であり花形である営業部と、存在感の薄くて地味な情報システム部。例えるなら鯨と鰯、月とスッポン、薔薇と雑草。とにかく見た目の華やかさからして大違いだ。  逃げ出してしまいたいのに、上手いあしらい方がわからなくて動けなかった。 「檜前はどう思う?」 「え? 僕ですか?」  裕哉は唇をきつく結んだ。もし同期の七斗にまで貶されてしまったら、正直立ち直れない。  半歩下がって「俺、急いでるんで……」と言いかけた裕哉よりも早く、七斗が口を開いた。 「僕はありがたいと思ってます」  見ると、七斗は真っ直ぐな目で裕哉を見ていた。 「情シスや事務職の人たちが定時で仕事を終わらせてくれる分、残業代がカットされてるわけじゃないですか。そういう積み重ねが、会社の黒字に繋がってると思います」  ぽかんとした表情のまま、裕哉は言葉を返すことができなかった。  驚きで固まる裕哉に、七斗は目を細めてニッと笑う。 「後川、引き止めてごめんね。帰るところだったんでしょ。また今度ご飯でも行こう」  檜前の言葉に背中を押され、この場を立ち去るチャンスを与えられていることに気付いてはっとする。  背負ったリュックの肩紐を握って、ぎこちなく頷いた。 「う、うん、じゃな。お先に失礼します」  適当に檜前の先輩たちに頭を下げ、急いで入り口の自動ドアを通り抜けた。誰が追いかけてくるわけでもないのに、小走りのような速さで会社から離れる。  駅前でようやく普段の歩行速度になった頃には息が上がっていた。春先のまだ少し冷たい夜風が心地よく肌を撫でていく。  人にぶつからないよう流れに乗って駅の中を進みながら、先ほどの七斗の顔を思い出した。  入社した時から彼はずっとああいう人間だ。自分のことなど庇う必要はないのに。ノリが悪いとか、空気が読めていないとか、先輩たちに悪い印象を持たれたらどうするつもりなのだろう。 「全然わかんねぇ……。変なやつ……」  駅を越えた向こう側の自宅へ向けて、裕哉は帰路を急いだ。
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