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同棲編・2
七斗が使っていなかった小部屋を借りて、そこに裕哉の部屋にあったデスクやゲーム機器、その他私物を運び込んだ。家電とベッドはリサイクルショップに回収してもらったのだが、運ばれていくシングルベッドを見ながら、なんとも落ち着かない気持ちになった。
新しい部屋の寝室には、先日二人で選んだクイーンサイズのベッドが既に置かれている。成人男性が二人で寝るならばキングサイズのほうがいいのでは、と言ったら「くっついて寝るんだから、左右が余っちゃうよ」と大真面目に返された。
都内の住宅街に建つマンションに、七斗の——もとい、今日から二人で暮らす部屋がある。
玄関を入って真っ直ぐのびる廊下の、左の扉が裕哉の借りた部屋。右の扉はトイレになっており、突き当たりの引き戸を開けると開放感のあるダイニングキッチンにリビングが続いている。キッチン側には脱衣所と浴室に繋がる扉があり、反対のリビング側には七斗が自室兼寝室として使っている部屋の扉と、南向きのバルコニーがあった。
今日は引っ越し作業で疲れただろうと、二人で近所の定食屋で夕飯を済ませた。改めて今日から自分も生活することになる部屋を、裕哉は玄関からリビングまで見渡した。
「なんつーか、この広さでこの家賃って、俺未だに信じられねーんだけど……」
不動産企業の一員として数年を過ごしてきて、少しは物件の相場がわかるようになってきたつもりだ。この部屋は都心の主要駅から近く、周辺に商業施設や病院もあり、おまけに部屋自体も広いのだから家賃は相応に高値で当然のはずだった。
ダイニングテーブルの椅子にバッグを置いた七斗が振り返る。
「本当は別の階の、もっと狭い部屋を借りるつもりだったんだよ。そうしたら物件を管理してる不動産のほうで何か手違いがあったみたいで。お詫びに格安でこの部屋に入れてもらったんだ」
「へー……」
幸運なこともあるものだ。一人で住むには広すぎるし管理も大変だっただろうが、結果的に二人で済むのだから丁度いい。
まだ「自分の部屋」という実感が沸かず裕哉がそわそわとしていると、七斗が近寄ってくる。
「僕、お風呂洗ってくるから。裕哉はテレビでも見てゆっくりしてて」
裕哉の手にテレビのリモコンを握らせながら、さり気なく唇を重ねる。小さく音を立てて離れた後、にこりと微笑んで浴室へ消えていく背中に向かって、裕哉は顔を赤らめることしかできなかった。
ついに同棲が始まってしまった。風呂から上がって寝間着に着替えた裕哉は、寝室のベッドに腰掛けて自分の膝のあたりをじっと見つめていた。浴室では七斗がシャワーを浴びている。
真新しい綺麗なシーツに、ぴたりと寄り添った二つの枕。恋人同士が初めて共に過ごす夜に何もないはずはないし、正直なところ、何かあってほしい——と、裕哉はほんの少しだけ、心の中で思っていた。
男はもちろん、自分は女性とすらまともに付き合ったことがない。だからここから先は漫画やAVで得た知識しかない。
なんとなく、尻を使うことは知っている。学生の頃に貸していた本を回収するため妹の部屋に入ったとき、そういう漫画を見かけたことがある。
妹が持っていたそれは、所謂男同士の恋愛をテーマに描いた漫画だったのだが、男が男の尻に挿入する光景に当時はものすごく衝撃を受けた。その後、勝手に読んだことがバレて妹には烈火の如く怒られたわけだが……。
まさか数年経って自分がその当事者になるとは思いもしなかった。こうなるとわかっていたら、もっと隅々まで読み込んで男同士の性交について勉強したのに。
悶々としていると、背後で寝室の扉が開く音がして、裕哉は小さく飛び上がった。
振り返ると七斗が入ってきて、扉を閉めるところだった。自分と同じく寝間着を着ている姿にほっと胸をなで下ろす。
「お待たせ。どうかした?」
「いや、七斗がパジャマ着てて良かったと思って」
その言葉に一瞬きょとんとした七斗だったが、すぐににやっとした笑みを浮かべて、裕哉の隣に腰掛ける。
「裕哉は僕に裸で出てきてほしかったの?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
ふふ、と笑いをこぼした七斗は裕哉の手を取り、寝間着越しに自分の胸に押し当てる。手のひらに感じた胸板の筋肉に指が震えて、その後、伝わってきたドクンドクンという大きくて速い鼓動に、裕哉は小さく息をのんだ。
顔を真っ赤にして固まった裕哉を見て、七斗は目を細める。
「裕哉とこうやって夜を過ごせるなんて。僕、嬉しいんだ。……本当は、すぐにでも君を押し倒したいくらいだよ」
耳元で囁かれた甘い声と熱い吐息に、耳から全身が燃え上がりそうだった。
「俺も……。七斗のこと、す、好きだから、触りたいし……キスよりえっちなことも、したいって思ってる……」
恥ずかしくて、目を見てしまうと何も話せなくなりそうで、首のあたりに視線を落とす。七斗は嬉しそうに頷いた。
「でも俺、女とすらこういうことしたことねーから、何もわからなくて。面倒くさいと思わせてたら悪い」
「そんなこと思う訳ないでしょ。裕哉が初めてをくれるなら、僕はすっごく嬉しいよ」
ふわりと石鹸の匂いが香って、七斗の体温を感じる。キスされる、と思って反射的に顔を上げる。目が合うと同時に口付けられた。
普段は一度で離れていくそれが、二度、三度、と繰り返される。小鳥が啄むように小さく音を立てて繰り返される口付けが、もどかしくて、体はあっという間に熱を持っていった。
そっと裕哉を抱き寄せた七斗の腕が、肩、背中、脇腹を通って、さらに下へと伸ばされる。
服の上から臀部をするりと撫でられて、裕哉は肩を震わせた。
「ここ使うって、知ってる?」
「……知ってる」
「じゃあ、僕のを入れるまでに、裕哉のここをじっくり慣らさなきゃいけないことも、知ってる?」
少し体を離して、七斗の顔を見る。
「それは知らない」
「そっか。ここは本来モノを入れる場所じゃないからさ。今のままだと、裕哉のお尻が切れちゃうんだよ」
七斗の口から飛び出した恐ろしい話に、裕哉は頬を引き攣らせた。ローションとか何かそれっぽいものを使えばどうにかなると思っていたのだが、そんな甘い話ではなかったらしい。
黙った裕哉をなだめるように肩を撫でて、七斗はその顔を覗き込む。
「だから、僕と一緒に少しずつ練習していこう。順調に進められたとして、実際にセックスできるのは早くても一ヶ月後らしいんだけど……」
「一ヶ月!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。一ヶ月とは、裕哉の知っている一ヶ月だろうか。約三十日も? 世の中のアナルセックス愛好家たちはこんな大変な努力をしているのか。
「長くないか!?」
驚きのあまり二人の間に漂っていた甘い空気を吹き飛ばしてしまいそうになる。勢いよく顔を上げるとバチっと視線が絡み合って、そのまま半ば無理矢理に引き戻された。
「それは、僕に早く抱かれたいと思ってくれてるってこと?」
腰を引かれて、一度視線を絡み取られてしまったら、もう目を離すことはできない。息を詰めた裕哉と額を合わせ、七斗はとびきり甘い声で囁いた。
「僕も早く裕哉のこと抱きたい。一ヶ月もお預けなんて今から気が狂いそうだよ。だから……」
腰の辺りに触れていた七斗の手が、前へと移動する。
「今日はお互い、これで我慢しよう?」
膨らみ始めている股間をやんわりと握られて、想像の何倍も情けない声が出た。
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