同棲編・5

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同棲編・5

「へぇ、情シスに新しく来た子、ゲイだったんだ」  噴水広場から流れてくる涼しげなそよ風に吹かれながら、気持ちよく晴れた快晴の公園を背景に七斗は箸を止めた。  付き合い始めてからも七斗と公園で昼食を食べる習慣は続いている。さすがに炎天下で汗だくになりながら食事をするのは嫌なので、初夏の頃、二人で屋根付きのベンチに移動してきた。 「そう。けどまさか部員全員の前でカミングアウトすると思わないだろ。ビックリし過ぎて頭真っ白になった」  裕哉も七斗が作ってくれた自分の弁当をつつく。夕飯の残りの炒め物と、今朝焼いてくれた卵焼きと、ふりかけのかかったご飯、彩りに添えられたミニトマト。七斗と共に過ごしながら、口の中に広がる彼の手料理の味を感じて、心がぽっと温かくなる。 「中身はどうかわからねーけど、外見はガチガチの体育会系でさ。情シスには珍しいよな。スーツ着ててもムキムキなのが一目瞭然なんだよ」  猫、という可愛らしい名字に反して、猫宮の体は非常に逞しかった。胸なんか胸筋のせいでボタンが左右に引っ張られていて、明日からは白のポロシャツで出社する許可をもらっていた。あれほどの筋肉はいらないが、同じ男として少し羨ましい。 「ふーん……」  口を尖らせ考えるように首を傾げた後、左腕を持ち上げたかと思うと肘から九十度に曲げた。半袖からのぞく自分の二の腕の筋肉をじっと見つめる七斗に、思わず笑ってしまう。 「いや、七斗も十分筋肉あるじゃん」 「人並みに鍛えてるつもりだけど、裕哉はもう少しムキムキのほうがいいのかと思って」  視線を落とし、目の前の弁当箱を見つめて「もう少しタンパク質増やせるかな…」と呟く。本気で考えている様子に慌てて首を振った。 「何言ってんだよ。……あ、もしかして嫉妬してんの?」  揶揄うつもりで口にしたのだが、依然として七斗は大真面目な顔をしている。 「そりゃあするよ。しかも彼の恋愛対象は男なんだよね? 裕哉が狙われるんじゃないかヒヤヒヤしてる」  部長と似たようなことを言う七斗に、呆れた顔を向けた。 「あのなぁ……俺のどこにそんな魅力があるんだよ。物好きはお前だけで間に合ってるから」 「そういうわかってないところが余計に心配だよ」  なんとも的外れな心配をしている。そもそも、仮に猫宮にどう迫られたところで、自分が七斗以外の男になびくことなどあるわけないのに。  こちらを真っ直ぐ見つめる顔を見るたび、自分の身には余るほどの愛情を向けられているのだと、実感する。向けられるものが大き過ぎて、貰った分だけ返すことができていないのでは、と思ってしまうことも多々ある。 「七斗は……」 「ん?」  自分たちの関係を公にするときが来たとして、抵抗はあるだろうか。  タイプは違えど、大きく分ければ七斗も猫宮と同じ陽キャと呼ばれる人間だ。猫宮がどうしてあれほど己のマイノリティな部分を晒け出しているのかはわからない。もし、彼らのような明るい人間にとって『自分を開示すること』が人間関係を築く上で重要なら、七斗も本当はカミングアウトしたいのではないだろうか。周りに隠れてこそこそと交際することが本望ではないかもしれない。  男同士で付き合っている、と公言したいと言われたら、自分は許容することができるだろうか。 「何、どうしたの?」  無言になった裕哉の顔を七斗が覗き込む。整髪料で整えられた髪、端整な顔、モデルのような長身に程良く鍛えられた体、クールビスでも品の良いファッションセンス。  周りからの評価も高い七斗ほどの"できた人間"であれば、交際している相手が女だろうと男だろうと、とやかく言う人はいないだろう。そう思うと同時に、自分のような根暗で何の取り柄もない人間が、ゲイではなくとも同性と付き合っているなんて言おうものなら——どんな扱いを受けるのか想像するのも怖かった。 「……今日の帰り、どっか寄ったりする?」  咄嗟に誤魔化してしまった。まだ起きてもいないことで悩むなんてどうかしている。自分にそう言い聞かせて、落ちかけていた気持ちを無理矢理に意識の外へ追いやった。  木製のテーブルを挟み、前屈みになって顔を寄せる。秘密の話をするように声の大きさを落とした裕哉に、七斗も同じく少し屈んで顔を寄せてきた。 「いや、食材の買い出しは昨日したし、今日は真っ直ぐ帰ろうかな。どうして?」 「だって今日、その……今日からだろ」  はっきり言うことは躊躇われて、言葉を濁す。もちろん七斗には伝わらず、何が、と言いたげな視線に口を尖らせた。 「俺の、尻の開発」  周りに聞かれたら誤解される。誤解も何も、言葉通りの意味なのだが。  もしかしたら七斗にすら聞こえていないのではないかと思うほど小さな声で呟き、裕哉は顔を真っ赤に染めた。 「なんか必要な物とかあるんじゃねーかと思って」  まだ日の高い昼間からこんな話題を出すだけでも恥ずかしいが、昨夜初めてあんな体験をしたせいで朝からずっと何も手につかず、これからのことをあれこれと考えてしまっていたのは本当だ。今夜から七斗が自分の尻をどう開発しようとしているのか、気になって仕方なかった。  少しでもこの気持ちをすっきりさせて午後こそ真面目に仕事がしたいと思っての発言だった。それを聞いた七斗は、一瞬固まった後、小さく震えながら顔の上半分を両手で覆った。 「僕の裕哉がどんどんえっちになる……どうしよう…」  興奮の滲む声が震えていて、裕哉は今度こそ本当に呆れてしまった。
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