同棲編・6

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同棲編・6

 新しいことに挑戦するときは、正しくできるかどうか不安で、少し怖い。失敗したらどうしようとか、周りに馬鹿にされてしまうのではないかとか、始める前から余計なことばかり考えてしまう。  自分も周りも初めて挑むものであれば多少は気が楽だ。何が正解なのか誰にもわからないし、失敗しても自分だけが責められることはない。その点では、七斗も男とのセックスが初めてで本当に良かった。  人生で初めて肛門の洗浄を終えて、裕哉は恐る恐る寝室の扉を開けた。  ベッドの上で、スマホを見ていた七斗が顔を上げる。 「お疲れ様。どうだった? 難しかった?」 「いや、別に難しくはなかったけど……」  口籠る様子に七斗は首を傾げる。ベッドに上がり隣で膝を抱えて、足を擦り合わせると自然と肩を抱き寄せられた。 「そういう、その、七斗に抱かれる準備してるんだなって思ったら……すげー恥ずかしかった…」  昨夜は緊張が大きかったが、男同士の性交について具体的な知識を得た分、今夜は羞恥心で頭がいっぱいだった。四苦八苦しながら、今まで触ろうなどと思いもしなかった場所に触れ、正しく出来ているか何度も確認し。それもこれも、自分が七斗に抱かれたいと思っているからこその行動だと思うと、まだ形を保っている理性が羞恥を訴えた。  スマホをサイドテーブルに置いた七斗は、肩に触れる手の力を少し強めて、裕哉の髪の匂いを嗅ぐように頬を擦り寄せる。 「やっぱり僕も手伝えば良かった」 「無理。汚いし、恥ずかしくて見せられねえ」 「汚いなんて思うわけないでしょ。それに、僕にされることを想像して恥ずかしがってる裕哉の顔は見たい」  さらりと言う七斗の顔を、思わずじっとりとした目で見つめてしまった。 「……お前、時々びっくりするくらい変態だよな」  非難めいた声色に、七斗は肩をすくめた。 「そうかな。確かに、裕哉に関しては割と変態なのかも。今だって……頑張って準備してくれたココ、早く触りたいと思ってるし」  肩に触れていた手が背中をたどり、服の間から差し込まれる。直接肌に触れた指は腰を撫で、臀部の丸みを愛でた後、秘められた場所へ忍び込む。  小さく息を呑んだ裕哉が見上げると、七斗は口角を上げて妖しく笑った。 「裸になって、四つん這いになれる?」  包み隠さず放たれた言葉に、心臓が跳ねる。いつもと変わらない優しい声色の中に、命令するような強い語気が僅かに感じられて、首を縦に振った。  どうせすぐ脱ぐのだから着る必要はないかもしれない——と思いつつ、体を全て清めた裕哉は上下の寝巻をしっかり着ていた。いくらなんでも二日目の夜にして腰にタオルを巻いただけの格好で出てくるのは、尻の軽い男だと思われそうで……それに、今夜も七斗に触れられることを望んでいる卑しい欲求が露呈してしまいそうで、嫌だった。  脱いだ寝巻をベッドの下に落として、最後に残った下着に手をかける。ずり、と半分脱ぎかけたところで、七斗がこちらを凝視していることに気付いた。  裕哉はわざと手の動きを緩めて、ゆっくりと、勿体付けて下着を下ろす。絡み付く視線を感じつつ足からするりと抜いたそれを、七斗の膝の上に投げた。 「……七斗のえっち」  ハッとした七斗は膝の上の、まだ温もりの残る下着を寝巻と同様にベッドの下へ放って、深く息を吐いた。 「ほんと勘弁して……。その言葉、そっくりそのまま返すよ」  ほんのり顔を赤くしている様子を見て、心を乱しているのは自分だけではなかったと、安心する。  自分が服を脱ぐ光景を目にしただけで七斗が興奮してくれる。その事実に背中を押されて、ベッドの上で両手と両膝をついた裕哉は七斗に尻を向けた。 「やば……。思ったより、恥ずかしい」  惜しげもなく秘部を晒け出した体勢に膝が震える。七斗の眼前に己の全てを丸出しにしているようで、あまりの居た堪れなさに手元の枕に顔を埋めた。適当に掴んだそれは七斗の枕だったらしく、鼻腔を掠めた匂いに、思わず下腹に力が入る。  滑らかな肌の曲線を撫でてきた手の感触に、短く息を吐いた。 「大丈夫、優しくするから。痛かったらすぐに言って」  頷くと、独特のぬめりを纏った指が、硬く閉ざされた蕾に触れた。すぐに中へ入ろうとはせず、ローションを塗って柔らかく解すように丁寧にマッサージしていく。指が窄まった秘部の上を行き来するたび、くちくちと湿った音がした。  裕哉はというと、くすぐったいやら、どんな反応をすれば良いやら、おろおろしながら抱えた枕にしがみついていた。  次第に強張っていた体の力が抜けてきて、マッサージを続ける指の動きに集中できるようになってくる。円を描くように入り口をぐりぐりと捏ねられて、小さな呻き声が漏れた。 「指、挿れるね」  ついに訪れた未知の体験に、声が震えてしまいそうで頷くのが精一杯だった。マッサージで念入りに解されたそこは、ローションの助けを借りて、分け入ってくる七斗の指を受け入れた。  指が一本入っているだけだというのに、ものすごい違和感。擦れるような痛みはないものの、入り口の肌が突っ張って熱を持ち始めている感じがした。  狭い肉の間を進んでいた指が止まる。下腹部に広がる初めての感覚と、自分の内側に触れられている事実に、裕哉は肩で呼吸を繰り返していた。 「っ、指、入った……?」  ちら、と軽く振り返った裕哉に、七斗が申し訳なさそうに苦笑する。 「まだ半分くらい」 「は……!?」  もう指の付け根まで受け入れたかと思っていたのに、この違和感でまだ半分とは。この調子では、肝心の七斗が入るようになるまで、本当に一ヵ月かかってしまうかもしれない。今の状態ではとても信じられないが彼の熱を直接受け入れられるほど開発が進んだとして、その頃自分の体は一体どうなっているのだろうか。  考え込んで黙った裕哉の様子に、七斗が笑いかけた。 「今日は初めてだし、ここまで入っただけでも十分だと思うよ。痛くない?」  体内で指がぐに、と曲げられたのを感じて、裕哉は瞬く。 「う……なんか、初めての感覚っつーか……違和感がすごい」 「そうだよね。裕哉のお尻もまさか僕の指を入れられるなんて、びっくりしてると思うよ」  それは自分の尻に対する同情なのだろうか。謎の気遣いを見せた七斗に笑いをこぼすと、尻をいじっていないほうの手が股間にのびてきて裕哉の意識は一気にそちらへ引き寄せられた。 「ぅあ、え? なに?」 「まだ違和感のほうが強いと思うけどさ。これからは裕哉に後ろでも気持ちよくなってほしいから、体に『お尻をいじられるのは気持ちいいんだ』って教えてあげないと」  後ろに指を入れられたまま、緊張からだらりと脱力していた性器を握られて、裕哉は慌てて止めようとする。 「あ、待って、だからって……っ、あぁ…っ」  いつの間に用意したのか、後ろをいじる手と同様にローションを纏った手で扱かれる。根元から先端へ、時折睾丸を弄ぶようにころころと手のひらで転がされて、迫る快感から逃れるように腰が跳ねた。  萎えていたはずの竿はあっという間に熱を帯び、その大きな手のひらに愛でられたふくらみはパツンと張りを取り戻す。力が抜けて抵抗できなくなった様子を了承と解釈したのか、前を刺激する手と合わせて後ろの指が浅い抽挿を始めた。 「ん、んぅ……あ、なんか、変な感じ…! ひぃ、あっ」  前から直接的な快感を与えられたことで、感じていた違和感にまた新しい感触が混ざる。くちゅくちゅと音を立てて埋められる指は、先ほどよりも奥まで入り込んでいる気がした。 「ちょっとずつ力が抜けてきた。いい子」  背後から覆い被さった七斗に耳元で囁かれて、一層高い喘ぎ声が漏れる。その両手から与えられる蠱惑的な快楽に、喉が甘えて嬌声を上げる。 「あぁ、あンッ、やだ、やだぁ、きもちよくなっちゃう、だろぉ……!」 「いいよ、なって。ほら、お尻の中気持ちいいね? さっきよりもずっと柔らかくなったよ。可愛い……」  熱い吐息を感じながら、耳に吹き込まれる言葉の数々が麻薬のように脳を溶かしていく。昂った熱を扱かれる感覚と、まだ初々しい蜜壺の肉を擦られる感覚。溶け合って混ざり合い、じわじわと、どちらで気持ち良くなっているのかわからなくなる。  浅い呼吸を繰り返すたび、七斗の匂いを吸い込んで体が震えた。下腹に無意識のうちに力が入って限界が近いのだと気付く。 「ふ、う、ぁっ、ななと、おれ、もうでる……っ」 「うん。後ろに僕の指が入ってるんだって感じながら、イって」 「そんな、こと……!」  言われずとも、己の内側を暴かれるこの感覚を無視することなどできなかった。  七斗の枕にしがみついたまま、体を小刻みに震わせて裕哉は白濁を吐き出した。体を支配する甘い痺れに息を詰めていると、背後で七斗が息を呑んだのがわかった。 「すごい……僕の指をぎゅうぎゅうに締め付けてる」  抱えた枕に頭を預けて、膝は立てたまま、尻だけ高く上げた状態でぐったりと息をつく。軽く振り返ると、一度吐き出して落ち着いた裕哉とは裏腹に、まだ熱の籠った瞳で後孔を見つめる七斗がいた。  一瞬何のことかわからなかったが、すぐに理解してカッと顔が熱くなる。 「早くここに挿れたい」  ずる、と指が引き抜かれる。吐息を感じた後、臀部に軽くキスされて肌が波立った。 「大丈夫? 前も触ったとはいえ、初めてなのにイケるなんてすごいよ」  朗らかで、普段と同じ柔らかな顔で笑いかけてくる。気遣ってくれているのだろうが、本当は下着の中が苦しいほど猛り立っているのだと、裕哉はわかっていた。  シャワーの準備に向かおうと立ち上がりかけた七斗の腕を掴み、引き止める。驚いて座り直したその下着に手をかけて、少しずらしただけで勢いよく顔を出した屹立を前に、胸が騒いだ。  まさかそんなことをされるとは思っていなかったのか、露わにされた己の性器と裕哉の顔を交互に見て、七斗は戸惑った顔をしていた。 「裕哉……?」 「俺にも、ちゃんとやらせろ」  ベッドを下りて、座っている七斗の足の間に跪く。張り詰めて存在を主張しているそれを握り顔を近付けると、頭上で小さな呻き声が聞こえた。  すん、と鼻を鳴らす。爽やかな石鹸の香りの中に、ほんのり濃厚な七斗の匂いが混ざっている。今までこんな風に男性器をまじまじと眺めたことはなく、血管が浮き出るほど硬くなった竿、凶暴に張り出た雁首、今にも爆発しそうな亀頭——不思議なことに、とても愛おしく見えた。  軽くキスを落として、舌を這わせる。思ったより滑らかで張りのある肉棒の、奇妙な舌触り。人に奉仕した経験などなく、上手くできるか不安だったのだが、幾分乱れた呼吸が上から降ってきて胸を撫で下ろした。  自分も七斗を気持ち良くしたい一心で何度も根元から先端に向かって舐め上げた。しばらくそうして、先端から滲んだ体液が雄の匂いを一層強くした頃、七斗の手が裕哉の髪を梳くように撫でてきて、顔を上げる。 「……裕哉、」  額に汗を滲ませて見下ろしてくる七斗の声は、少し掠れていた。 「咥えて」  どこか切羽詰まった声に促されるまま、裕哉は七斗の陰茎を自らの口腔へ招き入れた。なるべく多くの唾液を絡ませて奥へ誘ったかと思えば、ずるずると頭を後ろへ引いて、再び深く咥えるために前へ。滑りよくねぶられるほうが快楽に直結するだろうというのは、同じ男として何となく想像できた。  どうにか根元まで咥えられないものかと、その怒張を可能な限り奥まで飲み込んでいく。全て収める少し手前で、亀頭がやんわりと喉の一番奥を押し上げた。喉が波打つように蠢き、締め付けられた七斗が鋭く短い息を吐く。全部を口に収めることはできなかったが、それでも七斗は眉間に皺を寄せるほど必死に快感を堪えていた。 「ん、ん……ぐ、ぅ…」  軽く頭を前後させると、膨れた亀頭が何度も喉の奥を突いた。そこで快感を得ているかと言われると微妙だが、七斗の陰茎に喉の奥深くまで愛されているという事実が裕哉の体を火照らせる。体の奥からじりじりと炙られるように広がる熱が心地良かった。  その心地良さに夢中になって喉奥の圧迫感を堪能していると、突然、七斗の両手に頭を掴まれた。  驚いてその顔を見上げる。いつの間にか快楽に染まって潤んでいた七斗の瞳の中には、優しさや慈愛ではなく、見たこともない強烈な欲望が渦巻いていた。  初めて見る姿に固まった裕哉の頭を撫でる手はあくまで優しく、そのギャップが余計に恐ろしかった。眉を寄せて、辛そうに、妖しく笑う。 「……ああ、ごめん。本当にごめんね。でも裕哉も悪いよ」  何が、と問うことは許されず、裕哉の口腔からずるずると腰を引いた七斗は、次の瞬間、腰を打ち付けるようにして裕哉の喉奥を突き上げた。 「んぶ……っ!?」  二度、三度、快楽を求めるままに七斗が腰を振る。しかし打ち付けると言っても無理矢理根元まで突っ込むようなことはせず、先ほどまで裕哉が遊んでいた喉奥を何度も突く程度だった。  それでも、普段の七斗からは考えられない乱暴なやり方に、裕哉は驚きつつ抵抗することができないでいた。 「(うわ、これ、すっご……)」  自分が頭を動かしていた時よりも強く、亀頭が奥を押し上げる。ぐり、ぐり、と突かれるたびに、今度は明確な快感となって脊椎を伝い下半身へ、下腹が熱くなるのを感じた。 「(おれ、七斗に、イラマチオされてる)」  品行方正で誰にも優しく、彼ほどできた人間はいないと周りに言わしめるあの檜前七斗が、今、裕哉の口に陰茎を突っ込んで夢中になって腰を振っている。こんなことをされているのに、とんでもない優越感を覚えてしまった気がした。 「う、くっ、出る……っ!」 「っ!? ん、んんんぅ……!」  喉の奥に先端を押し付けて、七斗は腰を震わせながら吐精した。奥に直接吐き出された上、七斗の両手に頭を押さえつけられて拒むこともできない。自然と動くまま喉を上下させて、注がれた精液を嚥下した。  喉を鳴らし全て飲み干した後、緩んだ肉棒がずるりと口から引き抜かれる。大きく空気を吸い込んだ瞬間、鼻から抜ける雄の匂いがぶわりと顔中に広がって、まるで強い酒を飲んだ時のように胸のあたりから脳まで熱くなる。喉にどろりとした感触がまだ残っている気がして、体の奥が疼いた。  余韻に浸る裕哉がぽやぽやとした顔のままぺたんと床に尻をついて座ると、荒い息を整えていた七斗がハッと我に返った様子で顔を上げる。  そして、その顔はみるみるうちに真っ青になっていった。 「あ……そんな、どうしよう、やっちゃった」  怯えているようにすら見えるその姿に、裕哉は首を傾げる。今さっきまであんなに気持ち良さそうにしていたのにどうしたのだろう、と思っていると、勢い良く両肩を掴まれた。 「ごめん裕哉! 僕、すごく気持ち良くて全然止まれなくて、こんな、無理矢理に、君の口を犯すなんて……!」  焦った顔でひたすら謝ってくる七斗の瞳には先ほどの欲望の色は残っておらず、いつもの、ただただ裕哉を優しく甘やかしてくれる柔らかな瞳がこちらを見ているだけだった。  思ってもいなかった謝罪に驚いた裕哉はきょとんとした顔で数回瞬く。黙ってしまった裕哉に七斗はさらに狼狽して、視線を左右に走らせた。 「口、気持ち悪いよね。すぐ水持ってくるから待ってて」  そう言って立ち上がろうとした七斗を裕哉は慌てて引き止めた。 「あ、待てって! 大丈夫、俺怒ってねーし、傷付いてねーし、その……」  ベッドに腰かける七斗の隣に座って、言い淀みながらも、小さな声で正直に呟く。 「お、俺も、気持ち良かったから。それに……、この味、まだ、感じてたいから、水……まだいらない」  恥ずかしさのあまり喉の奥で「うぅ」と呻き声が漏れる。耐えられず顔を真っ赤にして俯くと、横から思い切り抱き締められた。  至近距離で発せられた七斗の声は、泣いているのではないかと思うほど震えていた。 「ありがとう。ありがとう裕哉……。どうしよう、僕、君のこと本当に好き。大好きだよ。もう酷いことしないから…」  だから、俺も良かったって言ってんのに……と思いつつ、情事の最中とは打って変わってしおらしくなった七斗を抱き返す。  頭を撫でて、頬にキスをして、普段甘やかされるばかりの自分が七斗を慰めるのは新鮮で、失敗に落ち込んだ大型犬を慰めるような何とも言えない愛しさが裕哉の胸を占めていた。
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