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同棲編・7
初めて後ろに触れられて以降、試行錯誤を繰り返しながら、裕哉の尻の開発は順調に進んでいった。七斗が指で後孔を解して少しずつ拡張し、その後に裕哉が手や口で七斗に奉仕する。最初の頃、七斗は「自分でやるから大丈夫」と言っていたが、裕哉が「俺だってお前を気持ち良くする」と主張して、今では大人しく触らせてくれるようになった。
開発を始めてそろそろ二週間になる。もう指を二本飲み込めるようになった。ここ数日は痛みもほとんどないし、当初の予定よりは少し早いが次の段階に進んでもいいのでは……と、裕哉は思っていた。
だが、七斗はそれほど簡単に事を捉えてはいないようだった。
「うーん……」
「どうしたんすか、後川さん。元気ないですね」
綺麗に直ったプログラミングコードを眺めて、裕哉はため息交じりに唸った。隣で仕事をしている猫宮がモニターを覗き込んで驚きの声を上げる。
「わ、それ直ったんですね!かなり綺麗に書けてるように見えるんですけど、何か問題でもあるんですか」
本社に来てまだ仕事に慣れていないことと、本人が自宅よりも会社で仕事をしたいと希望したこともあり、猫宮は会社に出社してくることが多かった。必然的に、自宅に仕事を持ち込みたくないという理由で元々出社が多かった裕哉と二人きりでサーバールームに籠ることが増え、気付けば気軽に話しかけられるほど懐かれていた。
「いやー……コードはな、我ながらよく書けてると思う。俺は開発でもやっていけるかも」
脱力した顔で冗談を呟く裕哉に、猫宮は笑った。
「じゃープライベートで何かあったんすか? 恋人と上手くいってないとか」
「え」
突然核心をついてきた言葉に、否定することも忘れて気の抜けた声が出た。
「あれ、図星ですか。話したい事あったら何でも聞きますよ。って言っても俺はゲイなんで、具体的なアドバイスとかはできないと思いますけど」
そう言って体育会系特有の爽やかな笑顔を向けてくる彼を見て、裕哉は目を見張った。
あれから話題に上がることもないから失念していたが、猫宮は同性愛者なのだ。それも、職場での自己紹介で堂々と公言するくらいオープンにしている。仕事でこそ先輩後輩という関係だが、こと同性同士の恋愛に関しては、猫宮は大先輩なのではないだろうか。
「……あの、さ」
視線を泳がせて、爪先に当たるキーボードの表面を意味もなく引っ掻く。職場の人間に話しても大丈夫だろうかという不安を抱きつつ、慎重に言葉を選んだ。
「俺は、ゲイではないんだけど……。恋人、男なんだ。会社の連中には秘密にしてるけど。だからその、話を聞いてくれるなら…」
言ってしまった。口から言葉が出ていくと同時に、血の気が引いて指先がひやりとする。
そっと視線を上げて猫宮を見ると、ぽかんと口を開けて固まっていて、それからすぐにパァッと明るくなった。
「なーんだ! マジすか! 全然知らなかった、それなら俺にもなんかアドバイスできるかもしれないっすね」
否定されるとは思っていなかったが、想像の何倍もあっけらかんとした反応を返されて、裕哉は拍子抜けした。
「で、どんな話っすか? もしかして相手は社内の人とか?」
「お前、何でそうズバズバ当ててくんだよ……」
「マジなんすか~やばい面白い。超にやにやする」
学生時代にこの手の恋愛事と無縁だった裕哉にとって、後輩とこんな話をしているのはかなり新鮮だった。心底愉快そうににやけている猫宮に抗議の視線を向けると、猫宮は片手で口元を覆いつつ反対の手を振って否定する。
「いやぁすいません。友達とか知り合いの恋バナって楽しいじゃないですか。しかも社内恋愛って激アツ」
悪意はなく本当に楽しそうな表情の猫宮が、なんだか裕哉にも面白く見えてくる。そこに生まれた小さな悪戯心が更なる燃料投下を促した。
「……ちなみに、営業の檜前七斗だから。俺の彼氏」
その言葉を聞いた瞬間、猫宮はまるで有名人を目の前にしたような顔で目を輝かせた。
「え!? 檜前さんって、社内報に写真載ってた人ですよね!? 今月の営業成績トップだったって人!?」
やば! と声を上げるほど興奮している猫宮の様子を見て、何とも言えない優越感が裕哉の胸を満たした。
——そう。社会人としても男としてもあんなにデキる最高の七斗が、自分の恋人なのだ。
照れと喜びに自然と頬を緩めている裕哉に、猫宮はじっと目を向ける。
「後川さんの顔見る限りいかにもラブラブ~って感じしますけど、それでも何か悩みがあるんすか?」
「……まぁ、そう。俺、ゲイではないって言っただろ?」
猫宮が頷く。無言で先を促されて、このまま聞いてくれるつもりなのだと解釈した。
「七斗もゲイではない。俺たちは二人とも男相手が初めてで、だからつまり……手探りなんだ、特に、夜の…」
転籍してきてまだ半月しか経っていない後輩に、こんな話をしてもいいのかと迷って言葉尻が萎む。その様子を見て猫宮はズバッと躊躇いなく補足した。
「セックスですね?」
「…………」
何の恥じらいも躊躇いもない姿が、今は頼もしいとさえ思えた。
「そんな恥ずかしがらないでくださいよ、お互い大人ですし。男が初めてならセックスで躓くのは当然です。でも、そうっすね……ちなみに、後川さんはどっちなんです?」
「どっちって、何が」
「やだなぁ、だから……」
にやりと笑った猫宮が自分の股間を指差す。
「挿れられるほう? それとも、挿れるほう?」
ズカズカと切り込んで来た言葉に一気に距離を詰められて、ぼっと顔が熱くなった。その笑顔に隠された思惑がわからず、裕哉は思考を巡らせる。
何でそんなことを聞くのだろう。話の流れからして裕哉に恋愛のアドバイスをするためなのだろうが、本当にそれだけだろうか。疑いの念を抱きつつ、その顔をチラリと伺った。
的確なアドバイスを得るためには、できるだけ正直に現状を伝えたほうがいい。仕事も恋愛も、それはきっと同じはずだ。
「……挿れ、られる方」
小さな声でぼそりと呟いた。
「……へー。じゃあ、後川さんはネコで、檜前さんがタチってことだ。役割もはっきりしてるし、何を悩んでるんです?」
「少し前から俺の……尻を、慣らしてるっつーか、準備してて。指も余裕で入るようになったし、正直俺はもう本番していいと思ってんだけど……。七斗が、俺に痛い思いさせたくないって、なかなか進んでくれないんだよ」
モニターの右下、まだ昼前を示しているパソコンのデジタル時計を見つめる。
初めて七斗にナカを触られた日、イラマチオをされたあの日から、七斗は裕哉に対して過剰なまでに欲求を抑えるようになった。
一瞬でも我を忘れてしまったことを気に病んでいるのは明白で、あれから裕哉が奥まで咥えようとするとやんわり拒否される。そのことに一抹の寂しさを感じていた。
俯いて黙った裕哉に、猫宮は少し考える素振りを見せる。にこ、と人の良さそうな笑みを浮かべた。
「なるほど。それなら、後川さんがちゃんと気持ち良くなってるって伝えなきゃダメですね」
「いや、でも俺、あんまり恥ずかしい言葉とかはちょっと……」
「いやいや、本当に気持ち良くなっちゃえばいいんですって」
言葉の意図が掴めず眉を寄せると、笑っていた猫宮の口角がさらに上がった。
「前立腺って、聞いたことありません?」
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