同棲編・12

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同棲編・12

 着衣状態で腰を抱かれただけでもやばいと思っていたのに、直接指で中を掻き回されたら、もっとやばいことになるに決まっていた。  適当に脱いだスーツや下着は床に散らかっている。いつものようにベッドの上で四つん這いになり、いつもよりも貪欲に、腰を揺らしていた。 「あっ……は、う」  たっぷりローションを纏った七斗の指が、裕哉の中を出入りする。ひっきりなしに湿った音が響くけれど、指は遠慮するどころか普段よりも大胆に中を掻き回す。三本の指を余裕で飲み込んで、裕哉はただ喘いでいた。  ここまで互いにほとんど言葉を交わさず、黙々と準備に勤しんでいる。何かを話すゆとりもないほど、気持ちが急いていた。 「裕哉、すごいね。もうお尻の穴じゃないみたい」  沈黙を破った声は掠れている。 「そんな、いいから……。早く、挿れろよ」 「急かさないで。これでも一生懸命抑えてるんだ」 「だから、我慢する必要ねえって」  振り返ると、真剣な瞳と目が合った。 「もう全部言うけど……。本当は、最初に裕哉のお尻をいじった日に、挿れちゃおうかすごく迷ったんだよ」  指が抜かれる。臀部を撫でた両手に腰を掴まれて、裕哉は小さく息を呑む。 「昨日、裕哉にねだられた時なんて、ぐちゃぐちゃにしちゃいそうで頭おかしくなるかと思った。あのまま抱いてたら裕哉のこと壊しちゃったかもしれない」 「お前になら、壊されたっていいよ」 「またそんなこと言って……」  腰を掴む手に力が入りいよいよ挿入されるのかと思ったら、仰向けに転がされた。  上に七斗が覆い被さってきて、初めて正常位で向き合う。互いに座って向き合うのと違い、今から抱かれるのだと強く認識させられて震えた。 「本当は、後ろからのほうが挿れやすいみたいだけど……。どうしても裕哉の顔を見ていたい。いいかな」  こちらに確認を取ろうとしてはいるが、その目は裕哉に拒否権を与えるつもりなどないように見えた。  頭の下に敷いた枕を握って、頷く。 「……いい」 「ありがとう」  微笑んで、視線を下げた七斗が改めて裕哉の腰を掴む。直後にぴたりと熱いものがあてがわれて、震える息を吸い込んだ。  来る、と思った次の瞬間に、強い圧迫感と肌を引っ張られる痛みが走った。十分に解されていたためか痛みを感じたのは最初だけで、ローションの助けを借りてじりじりと怒張が埋められていく。  いくら二週間かけたとはいえ、指とは比べものにならない大きさのそれに肌は引きつれる。時間をかけて拡張し散々焦らされた中の肉は、穿たれた熱に歓喜して執拗に絡みついた。 「あ、あ、うぁ……!」  痛みよりも、拾ってしまう快感のほうが圧倒的に大きかった。七斗も同じなのか、鋭く短い息を吐く。 「すご……きつくて、熱い」 「え……え、これ、もう、はいってんの……?」 「うん、全部入ったよ。わかる?」  ぐい、と軽く腰を押しつけられると、体の中で自分以外の存在を感じて腰が跳ねた。  本当に、七斗と繋がった。ただ繋がっているだけで、びりびりとした気持ち良さが全身を包み、心臓は暴れ回っている。呼吸して肺が動く僅かな振動さえ快感を生んでいる気がした。  じっとしていてこれなのだから、動いたらどうなってしまうのだろう。恐る恐る七斗の顔を見上げる。その頬を一筋の汗が流れ、裕哉の頬に落ちる。苦しそうに眉間に皺を寄せていた。 「ななと……?」 「すごく情けないんだけど、ちょっと待って。……今動いたら出ちゃいそうだから」  裕哉はきょとんとした顔で七斗を見つめた。あの七斗が、セックスなんて何度も経験してきたであろう七斗が、裕哉に挿入したままの体勢で、固く目を閉じて必死に耐えている。次第に腹の底からくつくつと湧いてきたものが、抑えきれずに口の端からこぼれ出る。 「……ふ、ふふ。くく、ふふふ……っ」  笑い始めた様子に、七斗は焦った声で訴えた。 「ちょ、笑わないで、締まる……!」 「あ、あは、悪い。でもお前、まだ挿れただけだろ。しかも、俺の尻だよ」  男である自分の中を、七斗が気持ち良いと感じてくれている。安心したのと、拍子抜けしたのと、緊張が解けて頬が緩んだ。  笑いの止まらない姿を見て、七斗が悔しそうに口角を上げる。 「……良かった。裕哉が笑ってくれて。だけど、笑う余裕があるんだね?」  ゆっくり腰を引いて、再び中に押し込んでいく。初めはそっと。徐々に速さを上げて、肌と肌のぶつかる高い音が鳴る。 「あは、はは、ぁ……あっ……。ん、あ、あぁ……!」  手を叩くように軽やかだった音が、やがて湿ったいやらしい音に変わる。何度も抽挿を繰り返すうちに、嫌でも腰まわりに熱の籠る感覚があった。  笑い声を立てていた時の余裕はどこへやら、揺さぶられるまま、気付けば裕哉は与えられる快楽に喘いでいた。 「はぁ、ん、んん、ひっ、あ、ぅん……!」  どろどろに甘い快感の沼に沈められて、体の芯まで悦楽に浸る。突かれるたびに広がるそれに、手足を絡め取られて身動きが取れない。息をするのがやっとだった。 「あ、あ、ななと、ひぁ……っ」 「っ、裕哉、気持ちいい?」 「っあ、すごい、これ、こんな……、ぁん、こんな、の、知らない……!」  自慰と違って自分の意思で制御できない悦の波が恐ろしい。頭が理性を保とうと必死になる一方で、身体は渇望した愛欲を余すほど注がれ、悦び狂っている。  学習が早いのか、昨夜覚えたばかりの前立腺を狙ってくる七斗の腰使いは容赦ない。裕哉は頭の下に敷いた枕を握り、快感を逃がそうともがいた。 「は、ぁあ! そこ、そこばっかやめろぉ……!」 「どうして。気持ちいいでしょ? 中がずっとビクビクして、僕のこと締めつけてる」  一旦引く動きを止めて、押し付けた腰を揺らし奥を抉る。 「こうやって、奥をいじられるのも好き?」 「〜〜っ! あ、や、やだ、おく、おくやだ……!」  イヤイヤと首を振って喘ぐ裕哉を見下ろし、腰の動きを止めないまま七斗は息をつく。  開きっぱなしの唇から嬌声をこぼし、男根を咥えて淫らに体をくねらせる様を、舐めるように見つめてくる。鋭い瞳の奥に獰猛な光が宿っているのを見つけて、早く食らってくれと体が疼いた。  枕を握っていた両手首を掴まれて、七斗の首へ導かれる。 「ダメだよ、手はこっち」  導かれるまま七斗の首に腕を回して引き寄せると、掠れた低い声で囁かれた。 「僕以外に縋らないで」  剥き出しの独占欲。酷く心地良かった。  初めて、本当の七斗に触れた気がした。 「っ、んん……、も、もうだめ、いく、いきそう」  体中を支配していた快感が腰に集まって迫り上がってくる。溺れるように喘いで必死に息継ぎを繰り返し、耳元で直接訴えると抱き返された。 「いいよ。そのまま気持ち良くなって。僕も出すから」  抱きしめて、抱きしめられて、互いに腰を揺らし合って、これが愛し合うということなんだと思うと目の前がチカチカした。  上り詰める。全ての思考を放棄して底のない快楽に身を投げ出す瞬間、喉から細い悲鳴が漏れた。恐怖と悦楽と、歓喜の混ざった悲鳴だった。 「は、あ、ああぁぁ……!!」  理性と全身の感覚がめちゃくちゃになる。跳ねる裕哉の体を押さえ付けて、七斗も体を震わせた。  弾ける時は一瞬なのに、もっと長く、絶頂の衝撃に包まれていた気がした。  どさ、という音と共に七斗が覆い被さってくる。大人一人分の体重を受け止めて「ぐぇ」と潰れたカエルのような、色気のない声が出た。 「ごめん……大丈夫……?」  謝罪しつつ、起き上がる気力はないのだろう。ぐったりしたまま肩を上下させる七斗に、裕哉は力なく笑った。 「大丈夫……」  腕の力を使って七斗が横に転がる。裕哉の隣に並んで寝転び、二人で息を整えながらぼんやりと天井を見つめた。倦怠感もあるが、それ以上に、言葉にできないほどの達成感があった。 「できたね、僕たち」  顔を見合わせる。ぽつりと呟いた顔は晴れやかで、七斗も自分と同じ気持ちを共有しているとわかった。 「うん。俺とお前ならできると思った」  二人ですごく大きなことを成し遂げたような気分だった。  恋人関係にセックスは必須ではない。それぞれ色々な形があるだろう。ただ、恋人として初めて一緒に何かを成し遂げたという事実が、自分は紛れもなく愛されていると裕哉に実感させた。 「どうしよう。もう全然離してあげられないや」  伸びてきた手が優しく前髪を分ける。 「馬鹿だなぁ……。いいんだよ、それで」  乱れた髪を丁寧に耳にかけて、そのまま頬を包まれる。手のひらから伝わるのは、優しさと愛情と執着。これが七斗の正体。  時計の針はとっくに日付を跨いで、もうすぐ午前一時を指そうとしていた。
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