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 それから数日、いざ使ってみると会社の裏口はなかなか便利だった。七斗どころか他の社員ともほとんどすれ違わず、最初こそビルの守衛たちには怪しまれたけれど、慣れてしまえば会釈だけで問題なく通してもらえるようになった。  火曜の夜なんかは特にありがたい。これから酒を飲みに行く社員たちが、夕方からぽつぽつと正面玄関のロビーに集まり始める。不動産企業の定休日は水曜が主流であり、例に漏れず、この会社も水曜は固定休日になっていた。  誘われるなどとは思っていないが、楽しく会話している横を通るだけで、邪魔だと思われている気がして居心地が悪い。  今日も裕哉はいつものように定時ぴったりに席を立ち、ひっそりと裏口から出て、一直線に帰宅した。  帰宅するや否や、服の上下をジャージに着替え、スマホと財布だけを持ち再び自宅を出る。そのまま電車に乗り、扉の脇に立って窓の外の流れゆくビル群をぼんやりと眺めていた。  こんな気の抜けた格好で東京の電車に乗るなど、ほとんどの人からすればあり得ないことかもしれない。  東京で生まれ育った裕哉にとって、ここはおしゃれをして特別な時間を楽しむ場所ではなく、何気ない日常生活を送る場所なのだ。コンビニやスーパーに行く感覚で電車にも乗る。  十五分ほど揺られて、新宿で電車を降りた。雑踏の間をぬうように進み、歓楽街へと向かっていく。  新宿は裕哉にとって、秋葉原や池袋の次に過ごしやすい場所だ。ここは国籍性別年齢関係なく様々な人間を受け入れてくれる。裕哉のような生粋の根暗オタクも例に漏れない。  そんな裕哉が向かうのは、歓楽街の中にある行きつけのゲームセンターだった。飲食店や風俗店に混ざって並ぶこのゲームセンターはとても広く、アーケードゲームを中心に扱っていて、東京中から多くのゲーマーたちが集まる。  火曜の夜はここで橘や伊勢田と待ち合わせて、ダラダラと朝まで過ごすのが日課だった。 「居酒屋いかがですかー、お安くしますよ!」 「お姉さんホストって興味ない?」 「カラオケ2時間今なら飲み放題付き!」  客引きが声をかけるのは、どれもこれもスーツを着た仕事帰りのサラリーマンたち。ジャージ姿の裕哉は目を向けられることすらないが、それが心地よかった。  彼らは無関心ゆえに、裕哉の存在を否定することはない。この町にとって自分は景色に馴染むほど"普通"の存在なのだと思えることが、裕哉の心の安らぎに繋がっていた。  橘と伊勢田は既に着いているらしい。自分も早く入ろうとゲームセンターの自動ドアをくぐろうとする。今日は何のゲームをやるかとぼんやり考え始めたその時、聞こえるはずのない声が聞こえて裕哉の足は止まった。
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