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 板倉のスマホが鳴った。未亜からだった。 「やっほー、昌之」  その声は酔っぱらっていた。 「おう、俺も飲んでるぜ。こっち来いよ」  ほどなく未亜がやってきた。近くで飲んでいたところだ、と言った。  二年ぶりに見る未亜は、酔いのせいか深夜のせいか、闇世界の妖精のようだった。板倉の隣に座ると、いい香りがした。女の香り。ずいぶんとお預けだった匂い。 「夢みたい。昌之とまた会えるなんて」 「久しぶりに見ると、お前やっぱり可愛いな」  本当の気持ちは違った。隣に座るだけで伝わってくる彼女の肉体の存在感。小柄な体にみっしりと詰まったような重み。胸のふくらみ。酔いが理性を麻痺させたのか、昔、未亜を抱いた時の感触が、板倉の手の中に再現されるようだった。 「……昌之、わたし莫迦だった。男には捨てられるし、仕事はないし、これからどうしたらいいの……」  板倉は息を呑んだ。未亜が泣いている。 「大丈夫だ。俺がいる」  板倉は未亜を強く抱き寄せた。憐憫、同情、懐かしさ、肉欲、それら全てがないまぜになった、甘ったるい気持ちに板倉は駆り立てられていた。二年前も、未亜は深夜一人で泣いていた。ダメ女と吐き捨てても、俺はこいつの泣き顔を放っておけなかった。  肩に、濡れた顔をうずめた未亜を片手で抱いたまま、彼はグラスを口に運んだ。未亜が泣き止むのを待ちながら、腹の底で黒い何かが騒ぎ出している。もうどうでもいい。どうにでもなれ。  居酒屋にはもう他の客はいなくなっていた。店主が一人店の片づけを始めている。 「未亜、俺の部屋に行こうか」
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