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「デートしよう。今週の日曜はどう?」  板倉の言葉に、早苗は、あ、という口をした。 「わたし、社長の海外出張に同行することになって、その準備で当分忙しくて……。ごめんなさい」  ごめんなさい。その声が板倉の耳の中で響いた。また仕事に邪魔されるのか。いや、この娘は仕事を口実にして、俺とデートなんてしたくないだけだ。  「借りてく」未亜の書き残したメモが頭をよぎる。女なんて、優しそうな、自分に好意がありそうなことを言って、結局男を裏切っていくだけだ。  凶暴な思いに駆られて、板倉は早苗の手をつかんだ。 「じゃあ、これから飲みに行こう」  早苗が怯えた顔になった。飲みに行こう。深夜まで呑んで、夜の深い底で、そのたおやかな美しい体を押し倒したい。花のような顔を歪ませたい。 「あんた、何やってんだ」  いつきが、板倉を早苗から引きはがした。 「板倉さん、どうしたんですか? らしくないですよ」  いつきの声に、板倉は我に返った。一気に自己嫌悪に襲われる。こんなに早苗が好きなのに、はずみで未亜とセックスしてしまった、汚い自分。仕事に追われ疲れてアパートに一人帰る日々。こんな生活をいつまで続ければ、俺は幸せになれるんだ。  絶望で閉ざされた板倉は、水路の暗い水面を見た。水路そばの照明が、まるで星のように映っている。今の早苗のように、幸せは近くにあるように見えても、手を伸ばしても届かない。そして冷たい。冬の海に浮かぶ星のようだ。 「どうして、どうして、こんなに頑張っているのに、好きな女の子一人、手に入らないんだ!」 「早苗は、あんたのトロフィーじゃない!」  いつきの声は怒っていた。板倉は愕然とした。なんて情けないんだ、俺は。肩を落とす板倉に、いつきは静かに続けた。 「板倉さんの思いは色々あるのかもしれないけど、目の前の女の子の思いに向き合ってもらえませんか……早苗は、『板倉さん、仕事忙しくて大変そう。顔色も悪いし大丈夫かな』と心配して、今日のこれを考えたんですよ」  喋るいつきの蔭に、早苗が隠れるように身をひそめていた。顔をそむけて、もう板倉を見ていない。 《……To be continued》
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