3人が本棚に入れています
本棚に追加
4
アパートの鍵を開け、中に入って明かりをつける。玄関からすぐのワンルームは、ベッドとテレビと小さなテーブルでもう一杯なのに、そのすき間に雑誌やら内側が銀色の袋やら靴下やらが散乱して、足の踏み場もない感じだ。板倉はそれらを器用によけながら歩を進め、コートを脱ぎ、スーツも脱ぎ、ネクタイをとった。
寒い。安アパートのエアコンは古くて、狭い部屋の温度を上げるにも時間がかかった。ワイシャツを脱ぐのが面倒だ。もう夜の十時だ。要領よく力をセーブしながら働いているつもりが、充電が切れそうだ。
ワイシャツのまま板倉はベッドに倒れこんだ。枕はかすかに湿り、汗の臭いがした。ため息とともに思わず声がもれた。
「今日もダメだった」
製品のパッケージを品質保証部の最終チェックが終わっていないのに印刷会社にGOを伝えそうになって上司に怒られた。営業からは、ER用の次の資料はまだか、と半ばキレた感じの督促の電話がかかってくる。ああ、今週も土曜出勤して追い上げるしかない。一番ダメなのは、太田早苗との距離が縮まらないこと。せっかく早苗に話しかけたのに、前橋いつきに邪魔される。千載一遇のチャンスを邪魔しやがって、前橋の奴。
板倉は笑った。本気で腹を立てている訳じゃなかった。彼女の方が正しいのは、わかっている。
最初のコメントを投稿しよう!