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「たけもと様、たけもと様。私の無二の友、たけもと様。どうか私に教えてください」  そう唱えると一日につき一回だけ、たけもと様を呼び出せる。  たけもと様は何でも知っている。  そして「はい」か「いいえ」で答えられるものならば、一回の呼び出しにつき一つだけ、どんな質問にも正しい答えを教えてくれる。  この村には昔からそんな言い伝えがあった。  言ってみれば、こっくりさんのローカル版といったところだろう。  実際、たけもと様が質問に答えるやり方も、呼び出した人間の指を動かして紙の上に書かれた「はい」か「いいえ」のどちらかを指すというものなのだから、ほとんどこっくりさんである。  しかし、こっくりさんとは違う点もいくつかあった。  先ほど述べた、質問は「はい」か「いいえ」で答えられるものでなければいけないというのも、その一つだ。これがこっくりさんなら、使う紙には「はい」と「いいえ」以外にも五十音が並んでいて、それこそどんな質問にも答えてくれるところである。  制約が多いのは質問内容だけではない。  先ほどは、たけもと様を呼べるのは一日につき一回だけで、その一回にできる質問も一つだけと説明したが、誰が呼び出せるかという点についても色々な制約があるのだ。  第一に、たけもと様を呼ぶ者はこの村に住む十歳から十五歳までの子供でなくてはならない。  第二に、それらの子供達のうち、最後にたけもと様を呼んでから最も日数が経っている者でなくてはならない。  この第二の条件がくせもので、つまり一度たけもと様を呼んだら、自分以外の子供全員が呼び出しを済ませるまで、次の自分の番がまわってくることは無いのだ。  もし第一の条件を満たす子供の人数が多かったら、一年に一度も自分の番が回ってくることはなかったかもしれない。しかしこの小さな村には該当する年齢の子供は常に十~二十人ほどしかおらず、順当にいけば半月に一回程度は自分の番がまわってきた。  問題は、もし誰かがたけもと様の呼び出しを拒否した場合、他の子供達はいつまで経っても自分の番がまわってこないという点である。  実際には、村で育った者にそんなことをする人間などいはしないだろう。  それでも子供達の間ではいつの頃からか、「自分の番がまわってきた者は必ず皆の前でたけもと様を呼ぶ」というルールができた。  もっとも、このルールについては、妙な質問をする者が出ないようにという意味合いの方が強いかもしれない。質問は「はい」か「いいえ」で答えられるものに限定されるとはいえ、何でも知っているたけもと様を使って他人の秘密を暴くことだってやろうと思えばできるのだから。  たけもと様については最後にもう一つ、奇妙な決まり……というよりは法則があった。  それは、たけもと様は「はい」と「いいえ」を交互にしか答えないというものである。  つまり前回の質問で「はい」と答えていたら今回は「いいえ」と、逆に前回「いいえ」と答えていたら今回は「はい」と必ず答えるのだ。  常識的に考えれば、そんな法則の下で常に正しい答えを返すなど有り得ないだろう。  例えばの話、次は「いいえ」だと分かっている時に、「地球は太陽の周りを回っていますか?」と聞いたら、たけもと様は間違った答えを返すことになってしまう。  しかし実際には、少なくとも俺の知る限り、そんなことは一度としてなかった。  たけもと様は、常に正しい答えのみを返し続けた。  この謎について、村一番の大地主の娘で同時に村一番の秀才かつ美少女でもある窓香は、かつてこんな推測をしていた。  曰く、たけもと様を呼び出した時点で、呼んだ者は既に部分的に操られており、たけもと様の返答が正しい答えになるようなかたちでしか質問はできないのだろうということだった。  つまり先の例で言えば、答えが「いいえ」の時は「地球は太陽の周りを回っていますか?」ではなく「地球は太陽の周りを回ってはいないのですか?」という質問の仕方をさせられてしまうということである。  まあ、人間の指を勝手に動かして「はい」や「いいえ」を指差させるたけもと様なのだから、人間の口を勝手に動かすことができても不思議ではないと言えば不思議ではない。
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