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4.
翌日は、窓香がたけもと様を呼ぶ日だった。
窓香は数日前から風邪で学校を休んでおり、この日もまだ具合が悪そうだったが、それでもたけもと様の呼び出しだけは休めないと考えたのか、ふらふらしながらも集合場所にやって来た。
「べつにそこまで無理して出てこなくても良かったんじゃないか? 窓香が今日たけもと様を呼ばなかったって単にその分何日か後ろにズレてくだけだし、皆そこまで気にしないと思うけど」
俺自身、念願叶って月穂と恋人になった今、自分の番が早くまわってきて欲しいと思う気持ちはすっかり消え失せていた。
しかし窓香は俺の言葉に対して、首を左右に振ってみせた。
「べつにこのくらい平気だし。それより――」
そう言いながら窓香は、並んで立つ俺と月穂をどこか険しい目で見た。
「あんた達、ちょっとくっつき過ぎじゃない? 気持ち悪いんだけど」
そんな窓香の肩を、彼女の姉の愛奈香が苦笑しながら叩いた。
「まーまー、そんなこと言わないであげなよ。この二人、昨日からつき合い始めたばかりなんだからさ」
「何それ、どういうこと?」
「いや、実は俺、ずっと月穂のことが好きで、でも告白する勇気は無かったんだけどさ。でも昨日、月穂がたけもと様に『明治君は、私のことが好きですか?』って聞いてさ。『はい』の日にそんなこと聞くってことは、月穂も俺が好きだったんだって分かって――」
窓香は、俺の言葉を最後まで聞かなかった。
「ああああああッ、畜生! お前、月穂、お前ッ、分かっててやりやがったな!?」
窓香は叫びながら、月穂に掴みかかった。
「私は我慢したのに! 人の心を勝手に変えるのだけは駄目だって、それじゃ本当に好きになってもらったことにならないってそう思ったから、それだけはやらなかったのに! そんなことしなくても明治に選んでもらえるように、顔も家も、全部変えたのに! それなのに、お前ッ、たけもと様を使って明治の心を変えやがったな!? そうじゃなきゃ、今の私より顔も頭も家柄も全部悪いあんたなんかを明治が好きになるわけないんだ!」
そんな窓香を、愛奈香が慌てて月穂から引き離す。
「ちょっ、やめなよ窓香、何わけの分かんないこと言ってるの? 明治が月穂を好きだったのなんて、前からバレバレだったじゃん!? いっつも月穂のことちらちら見てたの、あんただって気づいてたでしょ!?」
「気づいてたよ、ずっと前から! でも、これはきっと違うんだ。明治が月穂を好きなのも私がそれに気づいてたのも、どっちもずっと前からだけど、でもずっと前からそうだったことになったのは、昨日なんだ!」
「だからそれが意味分かんないんだって!」
言い争う二人を、俺は呆然と見ていた。
窓香の言葉が意味するところは明らかだった。彼女は俺と同じように、たけもと様への質問を通じて世界を都合良く変えられることを知っていたのだ。
どうして俺は、このことに気づいたのが俺一人だけだなどと思い上がっていたのだろう。
俺がたけもと様を呼ぶ番の時に世界を変えても、俺以外の人間は世界が変わってしまったこと自体に気づいていなかった。
ならば俺以外の人間がたけもと様を呼ぶ番だった時に同じことがされていないと、いったいどうして言えるだろう?
俺は恐る恐る、月穂の方へと顔を向けた。
窓香に掴みかかられた時に乱れてしまった服を整えていた月穂は、俺の視線に気づくと「窓香ちゃん、急にどうしちゃったんだろうね」と言いながら困ったような顔で微笑んだ。
その笑顔を見て、俺の胸には愛しさがこみ上げてきた。
俺のこの気持ちは、間違いなく本物だ。
俺は前からずっと月穂が好きだったのだ。
でも……でも、俺以外の人間にとっては、前からずっと空は黄色なのだ。
「畜生……ちっくしょう! 月穂、お前なんて私がいなかったら本当はもう死んでるくせに! 可哀想だと思ったから生き返らせてやったのに……それなのに、この恩知らず! 裏切り者!」
窓香は姉を振り解くと、たけもと様への質問に使う紙を机に勢いよく叩きつけた。
「こんなことなら、もう全部元に戻っちゃえば良いんだ! たけもと様、たけもと様。私の無二の友、たけもと様。どうか私に教えてください! たけもと様はこれまで一度でも、私達の質問に答えてくれたことがありましたか!?」
「よっ、よせ、窓香!」
俺一人ですら、死者を蘇らせ空の色まで変えたのだ。
そしてたけもと様の呼び出しは、いつかも分からない昔からずっと続けられている。
その間にいったい何人が、どれだけ世界を変えた?
たけもと様が一度も質問に答えを返していない、完全に元のままの世界がいったいどのようなものなのかなど、想像もつかない。
今の窓香の質問に、たけもと様を答えさせてはいけない。
俺は窓香の手元から、答えが書かれた紙をひったくろうとした。
だがそれよりも早く、窓香の指がすっと動き、正しい方の答えを指し示した。
「いいえ」
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