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第2話 美由紀の思惑
美由紀は一人っ子だった。
幼稚園のとき、母親が妊娠した。お腹の子は女の子だという。
美由紀はすごく喜んで毎日のように母親のお腹に語りかけていた。
だが……。
母親は流産して、そのショックで子どもが産めない体になってしまった。
美由紀は妹と遊んでいる同級生を見ると、つい羨ましそうな顔で見てしまう。
そんな美由紀を見ては、母親は涙ぐんで「ごめんね。妹を産んであげれなくて」と謝る。
そんな母親の姿を見るのがつらくて、なるべく気にしないふりをするようになった。
でも、心の中では妹が欲しかった。
小学校5年生のときに、友だちのお姉さんが通っているアイリス女学園高等部には『アンジュの関係』という上級生と下級生が姉妹のようになれる慣習があると教えてもらった。
20年以上前に沖縄の中学から高等部に入学してきた人が始めたことだそうだ。
その人は2年生になると、気に入った下級生に「妹分になって」と言った。
沖縄のある地区の中学には、気に入った下級生を『妹分』とよんで文通をして濃密な交流をするという風習があるらしい。
下級生は意味が分からなかったが、上級生から言われたからということで承諾したそうだ。
メールやラインよりも手紙を書いて欲しいと言われ、下級生は言われるまま手紙を書いたらしい。
なにを書いていいかわからず、友だち関係で悩んでいることを書いた。
それからしばらくすると、その上級生から返事がきてそのとおりにするとうまくいった。
二人は文通を続けるうちに、遊びに行ったり一緒に登下校したりと、まるで姉妹のように付き合い始めたそうだ。
それを見ていた他の生徒たちの間でも上級生が特定の下級生を『妹分』にすることが流行りだした。
ただ、『妹分』という言い方はなんとなく裏社会を想像させるので、もっとオシャレな言い方はないかとみんなが考えたらしい。
いろいろな言い方の中で、上級生が下級生の相談にのることが、天使が子どもを幸せに導く姿に似ているのではないかということで、上級生を天使のフランス語『アンジュ』と呼び、下級生を子どもを意味する『アンファン』と呼ぶようになり、二人の関係を『アンジュの関係』と呼んだ。
その話を聞いて、美由紀は高校はアイリス女学園に行きたいと強く思うようになった。
だが、高等部の受験は募集人員が少ないから中等部から入ったほうがいいと友だちのお姉さんに言われ、美由紀は必死に勉強してなんとか合格をした。
中等部には『アンジュ』の風習がなかったので、早く高等部に上がりたいと美由紀は思った。
高等部に上がると、すぐに美由紀は上級生に申し込まれて『アンファン』になった。
学校が休みの日には、一緒に映画やショッピングに行ったりした。
きょうだいのいなかった美由紀は美人で優しい『アンジュ』を本当のお姉さんのように感じた。
美由紀の『アンジュ』が3年生になると、生徒会の書記になったので生徒会活動や受験勉強で、あまり会えなくなった。
美由紀は学校の休み時間に喋りに行ったり夜に電話やラインで連絡を取り合ったりしている。
美由紀は2年生になって、自分の『アンファン』探しを始めた。
1年生をいろいろ観察しているうちに、中条茜音が目に入った。
茜音は肩までの長さのぱっつん前髪で日本人形みたいな顔をしている。高校から入学したらしくオドオドしている姿がいじらしい。
『アンファン』になって欲しいと言うと、茜音が困ったような顔をした。
「私じゃダメ?」
美由紀が聞くと、茜音は小さく首を横に振って申し出を受けてくれた。
茜音はかわいい。
恥ずかしそうに「お姉さん」と呼んでくれる声もすごくかわいいし、小柄で少しふっくらとした体は柔らかい。手を繋いだり腕を組んだりしたときの感触がすごく気持ちいい。
二人でファストフードに食べに行ったり、遊園地に遊びに行ったときは茜音は嬉しそうに笑う。その笑顔がキュートで、美由紀は思わず抱きしめたこともあった。
茜音も美由紀を「お姉さん」と言って慕ってくれる。
美由紀は幸せだった。
しかし、茜音は繋いでいる手を突然離したり、引っ付けていた体を離したりすることが何度かあった。
「どうしたの?」
と美由紀が聞いても、
「なんでもないです」
と困ったような顔をして言うだけ。
茜音が体を離すのは必ず田辺真里が必ず近くにいるときだと美由紀は気づいた。
気をつけて見ていると、真里も美由紀たちのほうを気にしているように見える。
美由紀は茜音を問い詰めた。
茜音はしぶしぶという感じで、父親と真里の母親が結婚して真里と同じ家に住んでいるということ、真里がほとんど口を聞いてくれないことを話してくれた。
そのときの茜音の顔は寂しそうだった。
そのとき、『アンファン』になって欲しいと美由紀が言ったとき、なぜ茜音が躊躇ったのか分かったような気がした。
茜音は真里に『アンジュ』になって欲しかったのではないだろうか。
真里のほうも茜音のことを気にしていると美由紀は思うのだが。
きょうだいのいない美由紀は自信がない。
妹のいるしのぶに聞いてみた。
「それは気にしてるよ。もし本当に嫌いだったら、全力で同じ学校に通うことを阻止する。嫌いな妹が同じ学校だと思うとゾッとする」
そんなものかと美由紀は思った。
しのぶは妹のことが好きみたいだ。しのぶの妹はアイリス女学園中等部にいる。
真里も茜音もお互いに気にかけあっている。
茜音のために何かしてあげられないだろうかと美由紀は考えた。
真里のことをよく知っていたら、茜音との仲を取り持って上げることができるが、同じ学年だが顔を知っているぐらいで美由紀は話したことがない。
美由紀は茜音との『アンジュ』の関係を解消してみようと思った。
本当に真里が茜音のことを気にかけているなら何か言ってくるはずだ。
もし、何も言ってこなかったら、茜音のことは気にしていないということだ。解消の話は冗談だとか言って、もう一度『アンジュの関係』を茜音と結んだらいい。
そして、予想どおり真里は怒鳴り込んできた。
やはり、真里も茜音のことを気にしているんだと美由紀が確信した。
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