第1話 予想できた呼び出し

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第1話 予想できた呼び出し

「加藤さん、呼んで」  廊下側に座っている加藤美由紀の耳に、怒っていることがはっきりと分かる大きな声が聞こえてきた。 「C組の田辺さんがすごい顔して呼んでいるけど、美由紀、何かしたの?」  呼びにきたクラスメイトが心配そうに美由紀の顔を見る。 「別に」  やっぱり来たかと思って、美由紀はゆっくりと立ち上がり廊下に出た。 「なにか用?」  頭ふたつ分ぐらい背の高い田辺真里の前に立つと、美由紀はぶっきらぼうに言った。 「用は分かっているでしょう」  耳が全部見えるほどのショートヘアをした真里がやや目尻の上がった目をさらに吊り上げて睨みつけるように細めている。  宝塚歌劇の男役のようなキリッとした顔立ちで、バレーボール部のエースアタッカー。  真里のファンは多い。  実力人気共に高い真里は3年生になったら間違いなくキャプテンになるだろうと言われている。 「さあ、わからないわ」  美由紀は肩をすくめてみせた。 「とぼける気?」 「別にとぼけてはないけど」 「自分から茜音の『アンジュ』になっといて、解消するっていうのはどういうこと?」 『アンジジュ』は上級生が特定の下級生である『アンファン』を天使が子どもを導くように相談にのったり指導したりする立場のことをいう。 「『アンジジュ』の関係はいつでも解消できるのよ。知らなかった?」 「それぐらい知っているわよ。茜音のなにが気にいらなくて解消したかって聞いてるのよ」  端正な顔を歪めて真里が美由紀の顔を睨んだ。 「どうして私と中条茜音さんのことを加藤真里さんに言わないといけないの?」  美由紀はわざと真里と茜音のフルネームを言った。 「私と茜音が一緒の家に住んでいるということは知ってるでしょ」 「へーえ。そうなんだ」  真里の母親と茜音の父親が再婚したということを美由紀は茜音から聞いて知っていた。  そして、その再婚に反対だった真里が亡くなった父親の姓をそのまま使っているということも。 「なにが、へーえよ。知ってたくせに」 「茜音は田辺さんにとっては、たんなる同居人なんでしょう。そんなこと気にせずほっといたら」  一瞬、真里の目が泳いだ。 「あの子が暗い顔しているから母さんが心配しているのよ」 「お母さんが。ふーん。それでわざわざ私に理由を聞きにきたの?」  美由紀はわざと嫌味な口調で言った。 「そうよ。母さんがオロオロしていて鬱陶しいのよ」  真里の顔がひきつった。 「茜音といると疲れるのよね。何かというと引っ付いてくるし、ちょっと冷たくすると、すぐにメソメソするし。面倒くさいのから解消したの」  美由紀は露骨に顔を歪めてみせた。 「わたしの前でそんなことを言う?」  真里の顔が険悪になる。  迫力のある顔に美由紀はたじろぎそうになるが、なんとかこらえた。 「どうして赤の他人の同居人のことでそんなに怒ってるの? お母さんには私との『アンジュ』の関係を解消して茜音がショックを受けてるだけって説明したら終わりじゃない」  真里が茜音のことを『赤の他人』と言ったということを美由紀は聞いていたので、わざと言った。 「あの子はすごく落ち込んでるわ。どうしても解消する気?」 「もうしたわ。茜音の面倒をみるなんてもうこりごりよ」  美由紀は大げさにため息をつてみる。 「もう二度とあの子には近づかないで。今度、近づいたら許さないから」  拳を握りしめた真里の腕が震えている。  殴られるかもしれないと美由紀は思った。 「分かった」  美由紀の返事を聞くと、真里は拳を握りしめたまま自分の教室の方へと戻っていった。 「田辺さん、すごく怒ってたね。美由紀はバレー部と田辺さんのファンを敵に回しちゃったね」  美由紀のクラスメイトでポニテールに眼鏡をした榊原千鶴が近づいてきた。 「バレー部アンド田辺ファン対美由紀か。我が空手部は美由紀嬢に加勢しよう」  小柄でツインテールをしている小学生のように見えるが、空手の有段者である神田しのぶが千鶴の横で話にのってくる。 「バレー部の打つボール勝つか。それを空手部が弾き返せるか。いいね。その時は新聞部が取材するよ」  新聞部に所属している千鶴が嬉しそうに言った。 「なに言ってるんだか」  勝手に盛り上がっている二人を廊下に置き去りにして美由紀は席に戻った。
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