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当事者の蓮君、私だけでなく、和倉さんまでもが体を竦ませ、笹森さんに何を言い出すんだという目つきを向けた。
けれど私には、もし蓮君が本当にそんなことを口にしていたのだとしても、そう言わせてしまった理由が痛いほどわかっていた。
おそらく、大和の父親が笹森さんだと知って、自分ではなく笹森さんの方が大和の父親、ひいては私の相手に相応しいだとか、そんな風に思って悩みを深めてしまったのだろう。
日頃から大和を最優先で考えてくれている蓮君だったら、そう考えても不自然じゃない。
でもだからといって、私だって、今笹森さんから聞いたばかりの言葉にショックを受けないわけではなかった。
ただそれでも、蓮君の受けたショックの方がよっぽど大きかっただろうと、心の奥から申し訳なくも思っていた。
大和の父親が笹森さんだと知ったときの蓮君の様子は、彼が感じた衝撃の強さをありありと物語っていたのだから。
蓮君と和倉さんは驚きや焦燥を隠さないままだったけれど、私は一足早く冷静を浮上させた。
「……蓮君、それ、本当?」
責めるわけではなく、確認したいだけだ。
だけど蓮君は私の顔を見てはくれなくて。
「………譲るとか、そんなんじゃありません。俺はただ………琴子さんと大和君のことが、大切なだけです」
多くを語れない状況で、精一杯の想いを述べてくれた蓮君に、胸が熱くなる。
なのに事情を何も知らない笹森さんの方は、当然ながら蓮君の言い分を正しく理解できるわけもなかったのだ。
「つまり北浦君は、琴子や大和君が大切だから、俺に譲るというんだね?」
「だから譲るなんて言ってません」
「そうかい?でも北浦君はさっき俺に、大和君のことを好きかと尋ねたじゃないか。世間話の途中で出てくる質問ならともかく、わざわざ和倉の手を借りてまで俺に会いに来て訊くような内容じゃないだろう?教えてくれ、北浦君。もし俺がその質問にイエスと答えていたら、まさかきみは、琴子と別れるつもりでいたのかい?」
笹森さんは蓮君を追い詰めるような言い方をあえて選んでいるようだった。
蓮君は唇を固く閉じ、笹森さんから視線が逃げてしまう。
これでは暗に笹森さんの指摘が真実だと返答しているようなものだ。
にわかに黒い沈黙が走った。
けれど和倉さんがいつもの明るい口ぶりでそれを切り裂こうとした。
「おいおい笹森、おかしな言いがかりはやめろよ?大和君を好きかと訊いただけで、そんなに飛躍させるなよ。琴子ちゃんの今の恋人に意地悪したくなるのもわかるけどな、そんなことしても琴子ちゃんと北浦君の仲は壊れないよ。ほら北浦君も、黙ってないで言いたいこと言っていいんだよ?いくら年上でも遠慮することないんだから」
どちらの味方でもないと言った和倉さんがライトではあるが明らかに蓮君側に立ったのに、その蓮君は「いいんです、和倉さん」と及び腰を見せてくる。
するとその姿が、笹森さんの中でトリガーになってしまったようだった。
「ほら、和倉もこれでわかっただろ?」
心底冷え切ったような声色で吐き捨てた笹森さん。
彼のそんな声、今まで一度だって耳にしたことなかった。
「やっぱり北浦君は琴子を俺に譲るつもりつもりなんだよ。大和君を好きかと尋ねたのは、俺に大和君の父親代わりができるか確かめたかったからなんじゃないのか?自分が今してる役を俺が引き継げるのかどうか、自分で確認したかった、どうせそんなところだろうさ。……ほら、否定もしてこない。何があったか知らないけど、北浦君にとって琴子はその程度の付き合いだったということだよ」
「それは違います」
反射的に蓮君は否定した。
けれど、その先は続かなかった。
「違う?どこが違うのか説明してくれないか?断っておくが俺達の婚約解消は琴子から言い出したことだ。琴子が言い出さなければ俺は何があっても琴子と別れたりしなかった。だがきみは違う。自ら琴子との別れを考えているんだからね。俺は琴子と付き合ってる間、一度もそんな考えが浮かんだことはなかった。その俺から見れば、きみの琴子への気持ちはその程度だったと言わざるを得ない。そんな軽い気持ちだったなら、すぐに琴子を解放してやってくれ。琴子にとっても大和君にとってもその方がいいに決まってる。中途半端な覚悟で琴子や大和君のそばにいられても迷惑でしか―――」
「何も知らないのに勝手なこと言わないで!」
気が付いたら、そう叫んでいた。
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