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エレベーターに乗り込むと、和倉さんが「ごめんね」と言ってきた。
「いえ……、たぶん、笹森さんに会いたいと言い出したのは蓮君の方でしょうし……」
「そうだけど、まさか笹森が琴子ちゃんまで巻き込むとは思ってなかったんだよ。もしそうと知ってたら、いくら北浦君に頼まれても笹森に会わせたりはしなかった」
「……和倉さんは、笹森さんの味方じゃないんですか?」
強引ではなかったけれど、私と笹森さんを会わせたがってるという印象は大きかった。
ところが和倉さんはふわりと苦笑を浮かべたのだ。
「そんな風に見えたかい?」
「……私と笹森さんの仲介を買って出てくださってたので……」
「確かに笹森と琴子ちゃんを会わせたかったのは間違いないけどね。でも、北浦君とのことも知ってるし、琴子ちゃんにその気がないのに親友だからってだけの理由で笹森を推したりしないよ。笹森と琴子ちゃんを会わせたかったのは、ただ純粋に、あいつがずっと引きずってる失恋にけりをつけさせてやりたかっただけだ。その機会が持てるなら、手伝いはしてやりたかった。親友だからね」
「そうだったんですか……」
笹森さんと再会した夜にも、和倉さんから今と同じようなことを言われた記憶はある。
あのときは本心なのか建前なのか読めなかったけれど、きっと、それが和倉さんの真実だったのだろう。
「そうだよ?だから、強いて言うなら……俺は大和君の味方かな」
明るく、いつも周りを和ませてくれる和倉さんらしく、パッと笑みを咲かせたとき、エレベーターが和倉さんの部屋のあるフロアに到着した。
静かに扉が開いていくのを待っている間、私は蓮君のことを想っていた。
蓮君もきっと、和倉さんと同じで大和のことを一番に考えてくれているのだろう。
私がいつもそうしているように。
そしてもしかしたらそれが理由で、笹森さんに会いたいと願い出たのかもしれない。
正解はわからない。
だけど大和の父親が笹森さんだと知った直後に会いたいと言い出すなんて、それ以外の理由が思いつかないのだ。
もちろん、私に近付くなと釘を刺しに行った可能性も0ではない。
だけどあの優しい蓮君が、わざわざ和倉さんに仲介役を依頼してまで、ほぼ初対面の笹森さんに対してそんな攻撃的な真似に打って出るとは思えない。
だから、きっと大和のことが、蓮君の引き金になっているのだと思う。
笹森さんに真実を話すつもりなのか、そうではなくて他に意図があるのか、蓮君の目的は予測できないけれど、これだけは自信を持って言える。
私は、蓮君を失いたくない。
大和を失いたくない。
蓮君も失いたくない。
現状では、大和の父親のことを笹森さんは知らなくて、でも蓮君は知ってしまって、もしかしたら蓮君はそのことで何か誤解しているかもしれなくて、だからそれを解くためにも私はすべてを蓮君に打ち明けようと思っていて………
エレベーターから和倉さんの部屋まで移動する短い間に、私の心は一つの選択だけを映すようになっていたのだった。
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