取り返しのつかないことを……

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和倉さんはインターホンを鳴らしてから鍵を開けて扉を開いた。 そこには高級そうなビジネスシューズと、私のよく知る靴が並んでいた。 本当にここに蓮君がいるのだと実感し、会えなかったインターバルが波になって私に押し寄せてくる。 けれど、 「久しぶり、琴子」 一番に出迎えたのは笹森さんだった。 この前と同じく柔らかな人当たりなれど、その口調はわずかにだけ芯が通っているようにも聞こえて、私はもう既に彼らの間に何事かがあったのかもしれないと不安がよぎる。 蓮君、蓮君は? 私は笹森さんの背後に彼を探した。 「琴子さん………勝手にすみません」 笹森さんに遅れまいと小走りで来た蓮君は、顔色が沈んでいるようにも見えて。 だから私はとっさに「二人で何の話をしていたの?」と開口一番に訊いてしまった。 本当は久々の再会を喜びたいのに。 だけど蓮君が傷付いてるような気がしたのだ。 私のせいでまた彼が傷付いしまうなんて、そんなことがあってはいけないのだから。 すると蓮君は意味ありげに私と視線を絡ませながら、小さく首を振った。 「いえ……何も。琴子さんが心配するようなこと(・・・・・・・・・・・・・・)は何も話してませんよ」 困惑色滲む返事に、蓮君の言いたいことはちゃんと伝わった。 要するに、大和の父親が笹森さんだということは話していないと知らせたいのだろう。 私にしか読み解けない幕で包んだ報告にホッとしたものの、その安堵の理由は、大和の父親が誰なのか笹森さんに知られなくてよかった……という類のものではなかった。 蓮君だからと私が打ち明けた秘密を、蓮君が私に無断で他言したわけではなかったんだ……という、喜びにも近い安堵だったのだ。 ただ、だからこそ、私はここに来るまでに固めた決心をより強くさせていた。 その選択に、もう、自分でも驚くほどに躊躇はなかった。 「蓮君………気を遣わせてしまってごめんね。でも、もういいから……」 そう告げると、蓮君は「え?」と驚きを声に乗せた。 「それって、どういう意味で…」 「何の話だい?」 笹森さんが穏やかなフリで介入してくる。 私達二人だけのやり取りは強制終了となってしまった。 「待て、笹森。とにかく部屋に戻れ。琴子ちゃんが加わるのなら、俺も同席させてもらうからな。北浦君もそれでいいかな?」 「……はい」 蓮君にとったら、和倉さんの同席よりも、私がこの部屋を訪れたことの方が問題だったかもしれない。 けれど、今彼がそれよりも気にしてるのは、私の放った言葉に違いない。 ”もういいから――――” 何も自棄になったわけじゃない。 もう、どうでもよくなったわけではないのだ。 ただもう、気を遣わなくていい、隠さなくてもいいから……と、蓮君にそれを伝えたかったのだ。 隠し事をするから、蓮君を傷付けた。 きちんと最初から丁寧に説明していたら、蓮君だって理解してくれたかもしれないのに。 私が笹森んさんのことを秘密にしていたのは、元婚約者だからでも、後ろめたかったからでもない。 もし笹森家側に大和の存在を知られてしまったら、大和を取り上げられてしまう、それを恐れたせいだ。 でもその思いを明かさないままでいたから、蓮君におかしな誤解を与えたかもしれない。 だとしたら今、蓮君との未来を信じたい私にできることは、これまで隠していたこと、言わないでいた気持ちを語るだけだ。 そう心を決めたのに、リビングに入って落ち着く間もなく笹森さんが言い放った一言に、私だけでなく全員が、緊張を巡らせたのである。 「琴子、どうやら北浦君は俺に琴子を譲るつもりのようだよ?」
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