【9】ファルベ侯爵家の馬車

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 一気に校庭に、黄色い声が溢れかえった。素敵だとか、格好いいだとか、羨ましいだとか、もう聞き取れないほどの歓声だった。みんなが私達の姿と、特に手を見ている気がした。決して自意識過剰ではないだろう。たまに睨むように女生徒からの嫉妬の眼差しも飛んでくる。  これは仕方がないだろう。何故なのか男性からも飛んでくる。  これは私を好きな人間がいくばくかはいて、先輩に嫉妬の視線が投げかけられているのだろうと一人頷く。少しは私にもファンがいるのだ。  ただ私に良くしてくれるのは、女子の方が多い。だからリヒト先輩に嫉妬の眼差しを投げかけている多くは、私の女性ファンである。  リヒト先輩の女性ファンは私を睨み、私の女性ファンがリヒト様を睨んでいるわけだ。無論ごく少数であるが。さっと校庭を見回してその勢力図を確認しながら、私はリヒト様の少し早い歩幅を追いかけた。  そして玄関を抜けた時――改めてギュッと手に力を込められた。 「イリス、もうすぐ召喚主親睦会があるよね」 「え? ええ。先輩はあまり好きではないからと、いつもご欠席なさっておられますわね」 「――次は出てみることにした」  召喚主親睦会というのは、王立学院の生徒が独自主催している、若年層の召喚術師向けの夜会だ。名目上は、お互いの召喚獣を紹介して、召喚獣同士の親交を深めながら、様々な意見の交換をすることなのだが、内容としては、召喚獣を伴うだけの普通の夜会である。この国では、十六歳で飲酒が解禁されるため、軽食と葡萄酒が提供される場合が多い。 「――学生同士で参加するから婚約者とか関係なく同伴できると聞いたんだ」 「ええ、そのようですわね。私は、今まで誰かと同伴した事はございませんが、見た事はございます」  これは、出席者が貴族限定という制限が有るため――もっとも、召喚術師は基本貴族であり、平民から召喚術師になれるというのは、非常に稀なことで、生まれながらに才能を持っていないと無理なのだが、ともかく若年層貴族の一つの行事である。  よって、許婚がいるものの夜会やダンスに慣れていないご令嬢だとか、エスコートに慣れていないご令息だとかの練習の場にもなっているので、気軽に誘って簡単にダンスをするまでが許されているのだ。その中には、本当の恋人同士も混じっているらしいが。 「一緒に出て欲しい」 「ええ……――分かりました」  私はもともと出席する予定だった。だが、同伴者は考えていなかった。  いつも一人で参加していたが、本来は同伴者がいる方が望ましいと聞いていたので、空いているからと、深く考えずに私は了承した。  それから教室に向かうと、ミネロム先生が私の姿を見て、目に見えてほっとした顔をした気がした。 「大丈夫か?」 「ええ。ありがとうございます」  こうして最初の講義時間は、緊急事態に召喚獣を呼び出す事の復習の時間になった。  何度か先生は、クライを一瞥し、クライに言い聞かせるように「駆けつけろ」と言った。するとクライは楽しそうな眼差しで、「何があっても俺が守る」と嘯くだけだった。  その次の時間からは、リヒト先輩がついに人型召喚獣の召喚を行うという予定が入っていたため――……とてもその場面を見たかったのだが、召喚獣がクライに怯えて出てこなかったら問題だということで、私は帰宅させられた。  こうして私は、一足先に学舎の外に出た。
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