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夜会は、シュルラハロート侯爵家の親戚である、バネット伯爵家で行われた。
内輪のものだというが、私が知る夜会の中では、かなり大規模なものに思えた。
私の腰に手を添え、いつもの魔術師装束とは異なる貴族服のヴォルフ様を見たら、あんまりにも格好良すぎて、私はずっとドキドキしていた。ラヴェンデル侯爵家の令嬢として、私は多くの夜会に顔を出してきたが、いつもエスコートしてくれたのはお兄様である。今日はいちいち、腰に触れるヴォルフ様の指先にまで、私は動揺させられているから、なんだか初めてくる場所のようにすら感じられた。
挨拶を交わした後、少ししてダンスが始まった。
私は比較的ダンスが得意なのだが、ヴォルフ様はどうなのだろう?
考えていたら――思いのほか上手で……むしろ私よりもずっと上手で、繊細なリードをしてくれた。素敵だ……一度で良いから踊ってみたかったのである。幸せをかみしめながら、何曲か踊った時、バネット伯爵がヴォルフ様に話しかけてきた。
「ヴォルフ卿、素敵な未来の奥様に、ヴァイオリンの腕前を披露なさってはいかがですか?」
その言葉に、私は驚いた。ヴォルフ様が、ヴァイオリン?
全然印象に無かったので目を丸くしていると、ヴォルフ様が少し退屈そうな顔をした後、私を一瞥した。
「そうだね。それも悪くないかもしれない」
こうして、ヴォルフ様がダンスの曲を弾くことになった。
その圧倒的な技術と情熱的な音色、流麗な調べに、私は時間という概念を忘れ、ただ無心に聞き入った。演奏が終わってからも余韻が冷めず、ずっとぼんやりしていた。凄い、凄すぎて冷や汗が出てきた。なのに感動で胸は熱い。
戻ってきたヴォルフ様の腕を掴み、私は歓喜の涙を浮かべて、素晴らしさを伝えた。するとヴォルフ様が少し照れたような顔をした。それを見たら、私まで恥ずかしくなってしまった。
「少しテラスに出て、風に当たろう」
「ええ、分かりましたわ」
促されて、私達は夜空の下に出た。テラスには他に人気は無い。
私は右奥の手すりに両手を起き、遠くに見える湖を見据えた。
水面に月が浮かんでいるように見える。とても綺麗だ。
「ヴォルフ様、綺麗ですね」
「――イリスが一番綺麗だよ。ねぇ、イリス」
ヴォルフ様が私の隣に立った。そしてそっと頬に触れてきた。
「今度こそ、キスをしても良い?」
その声に、私は思わず瞳を潤ませた。そして、小さく頷いた。
すると触れるだけの優しい口づけをされた。それからギュッと両腕で抱き寄せられる。
額に唇を落としながら、長々とヴォルフ様が目を閉じている。
私はその温もりにドキドキしながら、浸っていた。
そうして夜会が終わるまでの間、私達はずっと抱き合っていた。
帰りの馬車は、ラヴェンデル家から来ていたのだが、乗り込んですぐに、私は眠ってしまった。幸せな夜である。
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