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私が校門の前に立つと、生徒達のほぼ全員が足を止めた。
少し間を置いてから私が微笑すると、多くが駆け寄ってきた。
――私は慕われている。彼ら彼女らの中の、優しく素敵な輝かしい侯爵令嬢のイメージ崩さないよう、私も努力している。ゆっくりと挨拶をし、今朝楽しんだ紅茶について語る。歩きながら、輝かしい家族と今朝はどのような会話をしたか口にし、しばし歩いた。
するとその時、背後でざわつく声がした。黄色い声が飛び交っている。
ゆっくり振り向けば、そこには私の一つ年上の先輩が立っていた。
ギョッとするほどの端正な顔をしている。
家族で見慣れている私ですら息を飲まずにはいられない。紺碧の夕空を彷彿とさせる髪に、形の良いブルートパーズのような色の瞳をした生徒――リヒト・ファルベ先輩だ。ファルベ侯爵家長子で、光魔術継承家の出自でもある。よって彼は光魔術も行使可能だ。なおリヒト先輩は天才的な召喚術の腕前の持ち主でもある。私は自分も非常にすごいと思っているが、リヒト先輩には追いつける気がしない。
リヒト先輩の場合、高貴すぎて綺麗すぎて凄すぎて、皆遠巻きにする。近寄ることが恐れ多いからだ。その点私には、親近感があるのだろう。また爵位の問題もある。下位の貴族は遠慮するのだ。だから、リヒト先輩は一人でぽつんとしていることが多い。なので、毎朝時間がかぶった場合は、私が振り返り、歩み寄ることにしている。
「おはようございます、リヒト先輩」
「おはよう……また僕、遠巻きにされてるんだけど、なにかしたかな?」
「何もしていないと思いますわ。心配のしすぎです」
「無視されてるように思うんだけど」
「先輩が素敵すぎて、皆近寄ることができないんですの。それだけですわ」
「慰めてくれてありがとう……」
するとそれまで無表情だった先輩が、ふっと穏やかに笑った。
背後で歓声が上がっているのが分かる。
……私は嫉妬の視線を感じた。
リヒト先輩はモテるのである。皆、黙って遠巻きにしているから、本人のネガティブな性格など知らないので、寡黙で滅多に笑わない真面目なイケメンと判断しているのだが、その先輩が私に対しては笑う。私からすれば、慰めでなく何度真実を告げても信じないか聞いていないこの人物は、ただのネクラなイケメンにしか思えない。しかしイケメンはイケメンだ。美男子は得である。
ちなみに嫉妬の視線を買ってまで声をかけたのは、道中が同じだからだ。学内のそれぞれの学年主席の私達は、ほかの学生よりもずば抜けて召喚術に長けているため、特別教室で一緒に講義を受けている。リヒト先輩を中央にした遠巻きの円が進行してくるのを考えると、道が混むので、ともに教室に入ったほうが楽だと考えた結果である。
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