【16】消す(物理)&潰す(物理)……?

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【16】消す(物理)&潰す(物理)……?

 翌朝、なんと学院へ送ってくれると言って、シュルラハロート侯爵家の馬車が来ていた。知らせをロビンから聞いて、驚いて外へ出ると、ヴォルフ様が立っていた。 「学院は、王宮とは方向が違いますのに」 「――君を無事に送り届けるためだから、その程度は気にならないよ。それに、護衛としては光魔術より俺の火魔術の方が適しているし、何より正式な婚約者である俺が、送るのは当然の事だ。乗って」  ヴォルフ様はそう言うと、手を私に差し出した。その上に手を置き、中へと乗り込む。するとその後ろから、クライが乗り込んだ。ヴォルフ様は、クライを一瞥すると無表情で二度、瞬きをした。私達の正面に座ったクライは、膝を組む。 「護衛なら俺がいるから問題は無いんだけどな」 「――先日の襲撃の際は、一体何処に?」 「家」 「問題しかないのでは?」  ヴォルフ様の声は冷ややかだ。対するクライの声は明るい。 「自分自身に護衛能力がなく不甲斐ないからといって、俺に当り散らすな」 「護衛能力がない?」 「別に。仕事で四六時中イリスのそばにはいられないだろうという意味合いでしかなかった。決して、お前が俺より弱いからだと言うつもりじゃなかった」 「人間未満の力しかないのであれば、名前だけの存在だという認識に変えるだけだよ。その程度のイヤミに動じるほど幼くはないんだ」 「なるほど。つまり、イリスと親しいとか、イリスに対して愛するって言ったり、イリスと抱き合ってたりする、そういった、イリス関連の事では動じるというわけか」 「……悪い?」 「敵の特徴が、分かりやすくて助かる」 「敵? 俺は貴方と敵対したいとは考えていないんだけれど、どういう意味ですか?」 「俺はイリスを貰うから」  その時、馬車の中が急に熱くなった。火魔術だと思ってヴォルフ様を見ようとした瞬間、私はヴォルフ様に両腕で庇われた。ヴォルフ様が放っているのかと思ったが、違ったらしい。 「イリス、煙を吸い込まないように」 「こ、これは」 「――君の召喚獣が、何を思ったのか火魔術を」  ヴォルフ様がそう言った瞬間、その場が今度は寒くなった。私がプルプルと震え始めると、ヴォルフ様が今度は私を抱きしめた。 「今度は水――いいや、氷か」 「意外と冷静だな、ヴォルフ。もっと俺に……予定では、煽られて面白い姿を見せてくれるかと思っていたんだが、期待はずれだった」 「狭い馬車の中で、イリスを危険に晒す行為が、信じられない」  抱き合っている事実に、私はドキドキしてきた。すると馬車の中の温度が戻り始めた。 「ヴォルフは、イリスのどこが好きなんだ?」 「生憎、召喚獣に語るつもりはない」 「本人にも最近まで語らなかったんだって?」 「――イリス。君が、そう話したの?」 「いいえ。違いますわ」 「そう」  また、興味がなさそうな「そう」という声が返ってきた。しかし私も気になる。本当にヴォルフ様が私を好きならば、もっと具体的にいつ好きになったかなどを教えて欲しい。どこがどう好きか、知りたい。 「じゃあ、俺がいかにイリスを好きか、語る事にするか?」 「結構だ。イリス、耳を貸してはダメだ」  ヴォルフ様はそう言うと、私から腕を離しながら、クライを睨んだ。クライは笑顔だ。馬車に乗った時から、ずっと楽しそうな顔をしたままだ。  その時、馬車が学院に到着した。先に降りたヴォルフ様が、私に手を貸してくれた。校門側から視線が集まってきているのを感じる。そこへクライも降りてきた。 「イリス、気をつけるようにね。制御できなければ、召喚獣は安全な味方とはいえない」  そう言うとヴォルフ様は難しい顔をして、馬車へと戻っていく。見守っていると、職場である王宮の方角へと馬車が走り出した。  ――リヒト先輩は、エリオット帝への挨拶もあるようで、今日からは早く登校していると、校門に入った時、同学年の友人が教えてくれた。頷きながらみんなと玄関まで進み、その後は廊下をクライと歩く。そこで私は、彼を見て、尋ねた。 「どうして馬車の中で魔術を?」  私は魔術が使えないので、実を言えば、何が起こっていたのかさっぱり分からなかったのである。 「あー、なんとなく?」 「答えになっていません」 「――意外と、ヴォルフは腕が立つらしいな」 「この国でも評判です」 「会話をしていてイラっとしたから、なんとなく気分で、それこそ物理で燃やして消しちゃおうかと最初は思ったんだ」 「え」 「そうしたらあいつ、イリスの周囲にのみ酸素を残して、火魔術が発動しない空間を作り出した。煙が出たのは、その酸素が残っていた所だな」  唖然とするしかなかった。 「そこで俺は、やっぱり潰すか――物理で、と、思って、氷の塊を馬車の上から落下させようとしたんだ。そうしたら今度は火魔術で、奴が熔かし始めた。いやぁ、やり手だった」 「何の音もしませんでしたわ……それより、物理って……」  怖くなり、私は両腕で体を抱いた。するとクライが何かを考えるような顔をした。 「攻撃魔術だけじゃなく防火というか消火というか……攻撃魔術への対抗魔術も、火に関しては、さっきの俺のお遊び程度なら対応可能らしい」 「つまり、ヴォルフ様はすごいって事ですね!?」 「人間にしては、すごい、と、しても良いかもしれない――ただ、そこよりも、俺としてはもっと感情的になるかと思っていたんだ。が、淡々と対応されて驚いた。あいつっていつも、ああいう感じだったのか?」 「え? いえ、私を抱きしめてくれませんでした、以前は」 「その部分以外は? 冷静な顔で、『そう』みたいに言う感じだったのか?」  クライの声真似は、よく似ていた。歩きながら、私は頷く。 「自制心がすごいな。ちょっと評価が変わった。むしろ、お前が気づかないだけで俺がすぐ気づく程度の言動をしている教師を下げる。ヴォルフを上げよう。イリスが平和な頭で育ってこられたのは、きっと淡々と無表情で、ヴォルフが虫の排除に励んできたからだろう。執事とそこは共闘していたのかもしれないが――教師と執事と学院内だけは、どうにもできないしな」  それを聞いて、私は唸った。 「そんなに馬車での戦いは、評価が変わるほど、ポイントが高かったのですか?」 「普通、自分の命に危機が迫ったら、動揺するだろう? その中で、まず第一にイリスを庇ったのも評価出来る。しかも好きな女には、守ってやってると告げないスタイル。嫌いじゃない。その姿勢は嫌いじゃないが、俺はあいつは嫌いだ」 「クライは、誰が好きなのですか?」 「イリスだけだ」 「……」  その時、咳払いが聞こえた。思わず立ち止まった私は、ゆっくりと振りかえって、冷や汗をかいた。そこには笑顔のミネロム先生が立っていたからである。 「イリス。何から言うべきか悩むが、まず第一に、俺は決してお前に恋をしているわけではない。召喚獣の言葉を鵜呑みにしないように」 「っ、げほ」  聞かれていたと知り、私は吹き出して、そのまま咳き込んだ。
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