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【18】お断りの言葉
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ロビンに出迎えられた私は、隣に立っているヴォルフ様を見た。クライは私の後ろに立っている。ヴォルフ様は、そっと私の腰に指先で触れている。
「それじゃあ、俺はこれで。仕事に戻るよ」
ヴォルフ様はそう言ってからロビンを一瞥した。そして小声で言った。
「今後は君からの言伝には注意を払う事にしないとならないみたいだね」
そのまま帰っていったヴォルフ様を、ロビンはしらっとした顔で見送っていた。クライだけが吹き出すのをこらえている様子だった。その後、私とクライは、ロビンに先導してもらい、部屋へと向かった。私室に入り、私はカバンを置く。閉まった扉を見てから、私はソファに座ったクライに言った。
「私、やっぱりみんなと恋愛をするのは止めようと思うんです」
「ほう」
すると寝そべりながら、クライが私を見た。
「だから、リヒト先輩とロビンに断らないと」
「ミネロムは?」
「ミネロム先生は、違うと仰っていましたわ」
「ふぅん。ま、じゃあミネロムは取り置いて――俺は?」
「クライは私にとって、恋愛相談に最適な相手です」
「ぐはっ、そう来たか」
私の言葉にクライが大げさに笑い出した。だが、私の言葉は本心だ。だって私は、皆の期待には応えられないし、弄ぶような事もしたくない。愛の深さを解説してもらい理解した上で、私にとっての一番はやはりヴォルフ様だと確信してしまった。
「じゃ、もう優しいイケメンは必要ないか?」
「いいえ。クライは必要です。これからも私の恋愛相談に乗って下さいませ」
「――俺にそんな依頼をする召喚者は初めてだぞ」
クライは、今度は笑いすぎて咳き込んでいるようだった。
「じゃあ方向性を変えよう」
「方向性?」
「ヴォルフは、二十五歳まで許婚なし。そこからお前一筋。俺が思うに童貞だ。なにせあの性格だ」
「……はぁ? それが?」
「そこを行くと、俺は経験豊富だ」
「?」
「初めては気持ちが良い方が良いんじゃないか?」
「いえ、初めては好きな人が良いですわ」
私の言葉にクライが唸った。腕を組んでいる。それから長い足の先も交差させると、半眼になった。
「ど下手くそだったらどうするんだ? きっと痛いぞ?」
「きっと愛があれば我慢できますわ」
「お前って……平和だな……というより、そこまでヴォルフが好きだったんだな」
そう言うと、クライが起き上がった。そして私をまじまじと見る。
「で? どうやって断るんだ?」
「どうしたら良いと思いますか? そこが難題なんです」
「まぁ無難なのは、手紙だな。直接会わなくて良いから楽だしな」
「なるほど!」
クライはやはり頭が良いと私は再認識した。なのでテーブルに向かい、便箋を広げる。そして今度は文面に悩んだ。『気持ちは嬉しかったけれど、お答えできません。これからも仲良くして下さい』――を、それぞれ宛への記憶を振り返りながら綴る。そして完成した二通を、私はクライに差し出した。
「読んでください! どうです?」
「うーん。どきっぱりと『ヴォルフ様が好きなので』という言葉が両方の手紙に入っているあたり、いさぎ良いな」
「だって……」
「ま、良いんじゃないか?」
「では、封筒に入れて、ロビンには直接、もう一通はロビンに出してきてもらいますわ」
「そうだな。一気に二人潰れてくれて、俺としても都合が良いしな」
「え?」
「なんでもない。ほら、行ってこいよ。思い立ったが吉日だ」
こうして私はクライに見送られて部屋から出た。そして少し歩き、ロビンを見つけた。
「ねぇロビン。こちらのお手紙をリヒト先輩の所に出して欲しいんです」
「かしこまりました」
「そして――こちらは、ロビンに読んで欲しいの。一人の時に読んでね?」
「……承知致しました」
ロビンは何か言いたそうに私を見たが、それ以上は何も口にしなかった。
その後私は部屋へと戻り、クライに対して報告した。
「渡してきたわ!」
「よくやった。後は、ミネロムとヴォルフをどう潰すかだな!」
「潰す!? まさかまた物理ですの? もう止めて下さい!」
私が声を上げると、クライがニヤリと笑った。それからソファに座り直すと膝を組む。
「なぁイリス。俺も人間の世界の事をもっと知りたいし、どこかに二人で出かけないか?」
「良いですけど……襲撃があったので、二人きりでは難しいかもしれません」
「俺が守ってやるよ」
「有難うございます。ちょっと聞いてみますわ。お父様に」
「説得も手伝ってやる。次の週末はどうだ?」
「週末はヴォルフ様のお仕事がお休みなので、もしかしたらお会い出来るかもしれないのでダメです。放課後が良いですわ」
「ヴォルフ最優先じゃないか」
クライが斜め上を見上げながら、唸っている。
「デートして口説き落とそうと思ったんだが――ヴォルフ、ヴォルフかぁ。意外と強敵だった。どうすればイリスの気持ちを変えられるんだろうな」
「私の気持ちは変わりませんわ」
「――そんな風にキラキラした瞳で言われると、邪魔をする気が失せてくるだろうが」
「邪魔をしないで下さい」
なお……翌日から、ロビンは休暇を取ってしまったので、私はまだ顔を合わせていない。リヒト先輩はエリオット帝の件で忙しいみたいでまだ会えていない。ただ手紙は届いたと思う。ヴォルフ様に馬車で送迎してもらいながらも、私は胸がちょっと痛かった。
――ヴォルフ様からのお手紙が届いたのは、それから二日後の事で、週末には無事にデートする事が決まった。私は最近思う事がある。イケメンとは顔の造形だけでなく、行動面にもイケメンという表現が相応しい場合があるのではないかと。
私にとって、ヴォルフ様はやっぱり、最強のイケメンだ!
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