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【19】具体的かつ詳細に
――週末が訪れた。シュルラハロート侯爵家へと招かれていた私は、侍女に手伝ってもらいながら、ドレスを身に纏った。本日は、黄色の布地に、白い花があしらわれたドレスだ。ヴォルフ様が、明るい色のドレスを見たいと前に仰っていたから、私も今後は今まで着なかったような色彩のドレスの袖にも腕を通すつもりだ。
ロビンは相変わらず、休暇を取っている……。ロビンの姿が邸宅にないと、とても寂しい。時間が来るまで、自室の窓辺に立ち、私は外を見ていた。すると長椅子に寝そべっているクライが、小さく吹き出した。
「ヴォルフと会えるのに、暗いな」
「それは幸せなんです。ただ、ロビンが……」
「失恋して仕事放棄する執事なんて、俺の中でポイントがとても下がったぞ」
「失恋という事は……やはり私のせいなのでしょうか……」
どんよりとした気持ちになってしまう。しかし、私はヴォルフ様の妻以外にはなれないので、断るしかなかった。複数の人と恋をするなんて、やっぱり私には無理だ。それでも、ずっとそばにいたロビンの不在は、辛い。私は欲張りなのだろうか?
「イリスが責任を感じる必要はない。が、誰のせいかと言われたら、それはイリスだろうな」
「う……もうロビンは、戻ってきてくれないのでしょうか?」
「さぁな」
クライは立ち上がると、私に歩み寄ってきた。そしてそっと、私を後ろから抱きしめた。
「俺だけはいつでもそばにいてやるぞ? 飽きるまでは」
「……」
「今の所、飽きる気配もない。イリスは面白い。見ていて飽きない」
「……」
「ヴォルフを含め、誰がイリスのそばから離れても、俺だけはお前のそばにいる」
優しい声で言われた私は、クライの上に手で触れてから、小さく頭を振って、その腕から逃れた。
「私を抱きしめてはダメです」
「きちんと背中と胴回りにしか触れてないから、マッサージと変わらないだろう? 接触箇所は」
「で、でも! ダメです。ミネロム先生にまた怒られますわ!」
「ミネロムが良いって言ったら、良いのか? ん?」
「ダメです。私はこれでも、召喚術師なのですから、規則は絶対です」
「ちょっとギュっと抱きしめたからといって、恋愛関係とイコールでは無いだろう?」
確かにそうかもしれない。私はロビンに抱きしめられたが、ロビンにお断りの手紙を書いたのだから……。
その時、ノックの音がした。振り返ると、侍女が、シュルラハロート侯爵家の馬車が迎えに来た事を教えてくれた。私はクライを見る。
「お留守番、よろしくお願いいたします」
ヴォルフ様は、クライが一緒でない方が良いと、手紙に今回も書いていた。
「おう。あー、でも、今日は俺も、少し予定のようなものがある」
「予定?」
「エリオットと話でもしようかと思ってな」
リヒト先輩が喚び出したエリオット帝は、今も、王立学院の特別室にいるはずだ。クライとは既知の仲だというのは文献にも伝わっているほどだから、私は頷いた。リヒト先輩と会えないでいるのは、エリオット帝の存在が関わっているからなので、そこまで私は責任を感じていない。
頷いた私の頭を、クライが撫でた。
「気をつけろよ」
こうして私は、ヴォルフ様の家へと出かける事になった。ゆっくりと走る馬車の窓から、王都の街並みを眺める。
到着した、幻想的なシュルラハロート侯爵家で、私はもう顔見知りになった執事や侍女侍従達に出迎えられた。みんな、優しい。私を見ると、穏やかに笑っている。使用人としてのあるべき姿というよりも、彼ら彼女らは、私を『若奥様』と以前から呼んでくれるのだ。私のラヴェンダル侯爵家とは異なり、ヴォルフ様の邸宅には、召喚獣の使用人は、ほとんどいない。
「イリス」
応接間に行くと、ヴォルフ様が立ち上がった。学院への送迎をしてもらっているから、久しぶりではない。私は毎日ヴォルフ様に会えるから幸せだ。ただここに来るのは久しぶりである。私はドレスの端を持って、微笑しながら淑女らしく挨拶をした。
「その……そのドレスも、よく似合ってる」
以前だったら絶対に言ってくれなかったような事を、ヴォルフ様は口にした。それだけで胸が温かくなる。侍女が紅茶を運んできてくれて、私は長椅子にヴォルフ様と並んで座る事となった。左側にヴォルフ様が座っていて、私は右側だ。距離が近い。
「嬉しいですわ。私、もっともっと、素敵なドレス探しに励む事にいたします」
「何を着ても、イリスは似合うと思うよ」
「――!! 本当ですか?」
「っ、う、うん。つい口から出てしまったんだけど、本心だよ」
ヴォルフ様が僅かに照れるような顔をした。私は嬉しくて嬉しくて舞い上がる。気持ちが一気に晴れていく。ヴォルフ様が優しい。優しいヴォルフ様のそばにいると、私は有頂天になってしまう。
「ダメだ、本心を告げるって思いのほか難しいな」
「もっともっと聞きたいです」
「例えば何が聞きたいの?」
「ヴォルフ様は、私のどこが好きですか? 具体的に、詳しく、本当に詳細に、事細かに、私は伺いたいですわ」
私が力説すると、ヴォルフ様がきつく目を閉じ、複雑そうな顔になった。心なしかひきつった顔で笑っている。その表情すらも、以前までの無表情に比べたら貴重すぎて、私に絵心があったならば、思いっきり記録に残しておきたいほどだった。格好良い……。
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