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涙ぐみながら、その日はこの講義だけだったので、私は帰ることにした。迎えの馬車には、執事のロビンが乗っていた。本日はこのまま、許婚との茶会に呼ばれているため、ロビンは先方の侍女達と打ち合わせをするためにやってきたのだろう。馬車に乗ると、ロビンに声をかけられた。
「お嬢様」
「何? 私今疲れているのよ」
「ええ、そのようですね。上辺の笑顔が崩れ去っているため、見るに無残なお疲れの表情をされていますよ。ドレスのリボンも傾いております。その格好で会いに来た許婚を見たら、私であれば破談を考えますが」
「……直します」
「そうして下さい。ただでさえひどい顔が、最悪です。私はお嬢様の顔がいかに崩れていても気になりませんが、一般的には皆様目を逸らすことは請け合いです」
私の事を思ってだとは分かるが、優しさが見えない言葉の数々だった。
こうして終始お小言を聞きながら服装を直し、私は茶会の場へと向かった。
到着時にはすべて直していたので、私は麗しい微笑を心がけた。
「お会いしたかったですわ、ヴォルフ様」
「――へぇ」
席についてすぐ、やってきたヴォルフ様に、私は声をかけた。
しかし気のない返事が返ってくる。
ヴォルフ・シュルラハロート侯爵は、実は私との許婚関係に乗り気ではないらしい。
許婚になったのは、私が十三歳、彼が二十五歳の頃だった。十二歳の年の差で、現在ヴォルフ様は、三十歳である。綺麗な金髪で緋色の瞳。服は目の色をさらに鮮やかにしたような緋色で統一されている。シュルラハロート侯爵家は、焔魔術の使い手としても名高い。庭の各地では、焔で出来た花や鳥、彫刻を見ることができる。噴水のような焔もある。彼は一切召喚獣には興味がない。そして――私にも興味がないらしい。
学校でのできごとや、美味しい紅茶について語る私を眺め、ずっと適当に相槌を打っている。ヴォルフ様は、この月に一度のお茶会自体を廃止したいらしい。だがシュルラハロートの前侯爵夫妻が強く言いつけ、欠席したら、家業を理由に手を回して、仕事をやめさせるとまで言ったらしい。シュルラハロート前侯爵夫妻は、私を既に可愛がってくれていて、私が可哀想であると判断したようだ。
実際……会ってもらえなくなったら、私は悲しい。
何故ならば、十三歳のあの日、私は彼に一目惚れをした。
ヴォルフ様の緋色の瞳に惹きつけられて、胸の中で何か、花が開いたような気がしたのである。だから相応しい大人の女性になりたくて、自分磨きも頑張ったつもりである。あれから五年。最初は子供扱いされて、時々玩具を贈ってくれたりしたが――今はそれもされなくなった。「うん」「そう」「へぇ」「興味ない」しか、言わなくなってしまったのである。このお茶会以外では、どうしても欠席できない仕事関連や王室関連の夜会に、出席する際に会うくらいだ。
ヴォルフ様はお仕事熱心なのだと思うことにしているが――私にもう少し興味を持って欲しい。優しさが見えない。
「じゃあ、またね」
薔薇園の奥の時計台から、お茶会終了時刻の鐘が聞こえた時、さっと立ち上がり、さっさとヴォルフ様は帰ってしまった。取り残された私は、俯いてため息をついたのだった。
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