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――当日。
「ラヴェンデルの名のもとに、召喚する」
私は召喚魔方陣の中央に立ち、白い指揮杖を握り締めた。
それを軽く振ると、私の中でのイケメン旋律が流れ始めた。私が独自に作曲した調べは、今回先生には『何が言いたいのかは不明だが、情熱が伝わってきて一番マシだ』と評価されていた。
魔方陣内部の溝に数多の光が走り抜けていき、その光は紋章をなぞり、四方にあった、古代語の『イケメン』という文字を浮かび上がらせた。誰もこの言葉の意味がわからないそうだ。先生にも尋ねられた。私は『非常に優れた人物という単語です』と誤魔化したものである。私の換言能力はお父様譲りだ。
光が終焉した時、一陣の風が吹き抜けた。
直後、逆に無風無音の静寂が訪れた。
普通はすぐに召喚主が名乗るのだが――私にはそれできなかった。
呆然として目を見開いた私を、現れた人型の召喚獣が見下ろしている。
長身の人間より、さらに頭一つ分ほど背が高そうに思える。
ラピスラズリのような瞳をしていて、時折紫や桃色に光る銀髪をしていた。薄い唇は形が良く、すっと通った鼻筋、ある種の作り物のような双眸、肌、これは――……イケメンである。成功だ。
そう漠然と考えたが……呼吸が苦しいほどにその場の空気は冷えていて、威圧感がある。視線を離す事ができない。心臓の音が嫌に大きく響いた時、見ていた先生の声が聞こえた。
「クラインディルヴェルト……?」
「最強の召喚獣の……すごい、イリス、すごい」
リヒト先輩が続けた。そこでようやく私は我を取り戻した。
「誰が何をしても召喚に応じなかったというのに――イリス、一体何を鍵言葉に?」
ミネロム先生の言葉に、『イケメン』だと答えたいが、ためらわれて迷った。
しかしこの召還獣は……『最強』や『強い』といった鍵言葉では出てこないのに、『イケメン』で出てくるのか。
「ま、まずは、召喚獣とお話をしてまいります――あ、の、こちらへ!」
私は必死で体を叱咤し、横に付属している召喚獣用応接間にクラインディルヴェルトらしき召喚獣を促した。すると少し顎を傾け、より見下す表情でついてきた。扉を閉める。そして席に促してから、私は言った。
「召喚に応じて下さり、感謝致しますわ」
「――イケメンに優しくされたいという魔方陣に興味がわいてな」
「うっ……そ、それは、その……」
「召喚獣の世界で一番のイケメンという指定条件――俺だった。俺は、人間界からの全ての指定条件を、完全に防御したと思っていたから驚いた。自分が一番イケメンだということには、まぁ納得したが」
「そうでございますのね」
「だが、優しくというのがよく分からない。何が望みだ? 念の為に言っておくが、俺はそれに興味を抱いてここへ来ただけで、優しくするとは言っていない」
「え?」
「ん?」
「優しくしてくれないのですか?」
「特にするつもりはないな――場合によるが。具体的に話してみてくれ」
「こう……頭を撫でたり、手をつないだり、『綺麗だね』『可愛いね』と言ってくれたり、悲しい時には慰めてくれたり、プレゼントをくれたり、分からないことを優しく教えてくれたり、失敗した時は慰めてくれたり、疲れた顔をしていたら肩を揉んでくれるような」
「てっきり性欲解消の相手をしろという話か、この国のために尽くす優しさを見せろという話の、どちらかだと思っていた」
「――!! ぜ、ぜひこの国のために」
「もう遅い。それにそうであったなら、俺は帰るつもりだった。なるほど、頭を撫でるのか。それは面白そうだな」
「え……?」
困惑していると、立ち上がった召喚獣が、私を抱きしめた。
ぽかんとしていると、片腕を腰に回し、もう片方の手で私の頭を撫ではじめた。
腕の中で硬直していると、喉で笑うようにしてから、囁かれた。
「俺の事は、クライと呼んでくれ。簡略呼び名を交換すれば、契約儀式は終了だろう?」
「え、ええ。クライ……私は、イリス・ラヴェンデルと申します。イリスとお呼びになってくださいませ」
「分かった。あきるまでの間、思いっきり優しくしてやるから覚悟しろ」
そう言って額に触れるだけのキスをされた。
私は真っ赤になったままで、やっと彼を押し返すべきだと気がついた。
「肉体的接触は、クライは手でのみ、かつ私の掌へのみでお願いします。他はダメです。これは召喚条件に付け加えます」
「肩が揉めないが?」
「肩も付け加えます」
「髪がダメなら撫でられないぞ?」
「頭も良い事にします」
「――どうしてそれ以外はダメなんだ?」
「私は許婚がおりますので、浮気になってしまいますもの。二度と私にキスをしてはなりません」
「婚約者がいるのに、イケメンに優しくされたいと願った女が、浮気云々と言い出してもな……」
「っ、口ではもっと優しい言葉を言わないとダメですわ」
「――寂しかったんだな。俺が慰めてやる、俺の腕の中に来い。抱きしめるだけで、それ以上は何もしないから」
「……――分かりました」
こうして私は、クライに抱きしめられながら、これからどうしようか思案したのだった。
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