2-1の王子様

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1  白川優。整った容姿と穏やかな物腰で、女子から絶大な人気を誇る青年である。その人気は学校中に及んでおり、「2-1の王子様」なんて異名がつく程だ。また、勉強やスポーツも得意であり、先生からの信頼も厚い。非の打ち所がないとは正にこのことである。  そんな優と正反対なのが黒田隼人だ。子どもっぽい性格と率直すぎる物言いが原因で、彼は女子から好意を寄せられた経験が皆無だった。好きな女の子に告白しても、「黒田くんのことは、すごく良い人だと思うんだけど……」と定型文で断られるばかりだ。  玉砕を重ねる彼にとって、女子からしょっちゅう告白されている優は憎き敵だった。そのため、同じクラスになってから半年以上経ったにも関わらず、隼人は優とまともに話した試しがなかった。  本来ならば、いきなり頼みごとするような間柄ではない。それでも、隼人は優に頭を下げた。その理由は昼休みまで遡る。 「優くん、私今日お弁当作りすぎちゃったの。良かったら食べてほしいな」 「優くん、あたしも~!!」 「ちょっと! 私が初めに優くんと約束をしてたんだから! 邪魔しないでよ!!」  チャイムが鳴るや否や、クラスの女子が弁当箱を片手に優の机に集まった。差し出されたカラフルな包みの数々を、彼は壊れ物を扱うような動作で受け取る。 「この匂い、僕の好物を入れてくれたんだね。嬉しいな。いつもありがとう」  そんな言葉を添えて微笑む優に、女子から黄色い声が上がった。その声に反応するかのように、他クラスの女子も取り巻きに加わる。まもなく、輪の中心にいる優の姿は、人影に埋もれて見えなくなった。 「いつ見てもすごい光景だよな。漫画みたいっていうか」  白米を口に運びながら、友人の灰谷学(はいたにまなぶ)が苦笑いする。その発言には隼人も全面的に同意だった。が、素直に認めるのは癪だ。口の中の総菜パンを飲み込むと、いかにも気にしていない風を装う。 「……確かに、ハーレム系ラブコメにありそうな光景ではある。まあ、オレはぜんっぜん!これっぽっちも! 羨ましくなんかないけど!? 結局は好きな子にモテなきゃ意味ねえし!!」 「お前、好きな子にもモテてないだろ」 「うっ」  眼鏡越しに冷ややかな視線を受けて撃沈する。学は呆れた様子で溜息を吐くと、声を潜めて囁いてきた。隼人達の席は教室の後ろであるため、そこまでする必要はない。だが、常に慎重な行動を取るのが学という男である。 「真面目な話、お前はもう少し白川を見習った方がいいぞ。清水さんと付き合いたいんだろ?」  静香の名前が出た途端、隼人はビクッと肩を震わせた。話が聞こえていないか、恐る恐る様子を窺う。 「それでね、その本の続きがどうしても気になっちゃって。本当は早く寝るつもりだったのに、夜更かして全部読んじゃった」 「も〜、静香ってば。本好きなのはいいけど、程々にしなさいよ」 「ふふ、そうだよね」  彼女は隼人達から少し離れた席に座っていた。どうやら、読んだ本の感想を友達に話しているらしい。いつもより少し弾んだ声が、隼人の耳に心地よく響く。  清水静香。誰にでも分け隔てなく優しい、隼人の思い人だ。大の読書好きで、委員を決める時は自ら図書委員に立候補していた。綺麗な黒髪を耳にかけて読書に集中している姿は、男子から密かな注目を集めている。  聞こえていないのを確かめると、隼人は肩の力を抜いた。再び学に向き直る。 「そりゃあ、付き合いたいけど……。なんでそれが白川を見習うことになるんだよ? オレだって本気を出せば、清水さんに振り向いてもらうくらい朝飯前」 「じゃあ、お前が最近清水さんとした会話の内容は? 朝の挨拶以外で」 「……『今日、天気いいね』とか」 「それがお前の朝飯前?」 「撤回します! すみませんでしたッ!!」  あっさり前言撤回した隼人に、学の冷たい視線が刺さる。無理もなかった。彼が静香に恋してからというもの、学はずっと恋愛相談に乗ってくれている。だが、一向に進展はない。その間に起こった出来事といえば、精々が朝の挨拶を交わすくらいだ。  しかも、先月の席替えから、隼人は静香と隣の席になっていた。それで進展が皆無なのだから、付き合うなんて夢のまた夢なのである。  情けなくて俯く隼人の肩を、学が優しく叩いた。諭すような口調は先程よりも幾分優しい。 「なあ、隼人。俺達は来年受験生だ。3年生になると、嫌でも勉強を優先しなきゃいけなくなる。恋愛に集中できるのは今しかないんだ」 「……おう」 「しかも、清水さんは密かにモテる。今んとこ彼氏はいないらしいが、いつ他の奴に先を越されるか分からん。先手必勝で動くのが最適だ」 「今のオレが一番できてないやつじゃん」 「だから白川を見習うんだよ。アイツ、清水さんとも結構話してるだろ?」 「それは、そうだけど」  学の発言に渋々頷く。優と静香の仲がいいのは事実だ。基本聞き役が多い静香が、優には自ら話しかけるのだから。楽しそうな2人の姿を見て、何度嫉妬に駆られたことか。 「清水さんが男子相手にあそこまで口数が多いのもレアだからな。その手腕を教わってこいよ。多分、白川ならあっさり了承してくれるだろ。基本イエスマンだし」 「は!? オレが白川に教わる!?」 「馬鹿! 声がでかい!」  クラスメイトが何事かと2人を見やる。学は慌てて隼人の口を塞いだ。じゃれあいの延長だと思われたらしく、集まった視線はすぐに逸らされた。隼人はほっと息をつくと、小声で確認する。 「それって、オレが白川にモテる術を教わるってことだよな? あいつとまともに話したこともないのに? 正気か??」 「正気だ」 「無理無理無理! ぜってぇ無理だから! ていうかそれ、男としてあまりにもアレだろ!!」 「安心しろ。お前は既に男としてあまりにもアレだ」 「うぐっ」 「いいか、隼人」  重い口調で学は正論をつきつける。 「今のお前は、好きな子に碌なアプローチもできないヘタレだ。このままじゃ、絶対に清水さんとは付き合えない。昨日の敵は今日の友って言うだろ。下らないプライドは捨てて、一か八か頼ってみろよ。じゃないとお前、一生天気の話しかできないぞ」  一生天気の話しかできない。親友から振るわれた愛の鞭は、隼人のなけなしのプライドを容赦なく破壊した。とうとう机に顔を伏せ始めた彼に、学は自分の弁当のおかずをそっと分けてくれる。鼻をすすりながら食べると、「まあ、がんばれよ」と雑なエールを送ってきた。 「骨は拾ってやるから」 「そこは応援しろよ……」
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