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かくして、隼人は決死の思いで優を頼ったのである。前屈をする勢いで頭を下げた彼に、優が気まずそうに声をかけてくる。
「とりあえず顔を上げてよ、黒田くん。つまり、清水さんと仲良くなる方法を教えてほしいってことだよね?」
「ああ。碌に話したこともないのに、厚かましい頼みだとは思うが……」
「そんなことないよ。頼ってもらえたこと自体は嬉しいし。それに僕、ずっと黒田くんと話してみたかったんだ」
「お、おう。そっか」
どうやら優は女子だけでなく、男子に対してもサービス過多らしい。口説き文句じみた言葉に、隼人は分かりやすくたじろいだ。気恥ずかしさに頬をかく。その一方で、優は難しそうな顔で顎に手を添えた。
「でも、一流のモテ男かぁ……。難しいな。僕自身、そんな大した者じゃないからね。清水さんとも特別仲がいい訳じゃないし」
「過度な謙遜はやめてくれ。オレが傷つく」
「高く買ってくれてるのは嬉しいんだけど……」
肩書きに反して、優は謙虚な姿勢を見せる。断られる流れを察知し、隼人の顔から血の気が引いた。ここで断られると、一生天気の話しかできない悲しいバケモノと化してしまう。
隼人は鬼気迫る勢いで優の手を掴んだ。呆気にとられる優に対して、感情任せに訴えかける。
「お前しかいないんだよ! 頼む、清水さんと仲良くなれるようなモテ技術を教えてくれ! オレにできることなら何でもするから!!」
「──何でも?」
「ああ! ……あ?」
いつになく低い声で優は確かめる。隼人は勢いに任せて了承し、数秒後に固まった。ひょっとして今、自分はとんでもないことを口走ったのでは。
「いや、やっぱり何でもは言い過ぎ」
「分かった」
「え」
隼人は弁解のために手を放そうとした。しかし、逃げようとした手を今度は優によって掴まれる。ひんやりとした感触とは裏腹に、込められた力は存外強い。だらだらと冷や汗を流す隼人を横目に、優はにこやかに続けた。
「せっかく黒田くんが僕を頼ってくれた訳だしね。任せてよ。引き受けるからには、黒田くんと清水さんが仲良くなれるように全力を尽くすから」
「ほんとにいいのか!? ありがとう、白川! オレ、お前みたいな最強のモテ男になるよ!! 改めて、これからよろしくな!」
「ふふ。こちらこそ、よろしく」
喜びのあまりブンブンと手を振ると、優は微笑ましいものでも見るような顔をする。なんだ、さっきの不穏な感じは気のせいだったのか。隼人がほっと安心したのも束の間。
「──でね、僕からも頼みがあるんだけど」
先程よりも一段と低い声が空気を一変させた。嫌な予感を察知し、隼人は掴まれた手を解こうとする。しかし、絡んできた指が逃げるのを許さない。
恐る恐る表情を窺う。一見すると、優はいつも通りに見えた。王子様なんて肩書がつくのも頷ける、完ぺきな笑み。
しかし、隼人は気付いていた。目は口程に物を言う。こげ茶色の双眸が捉えているのは、正面でガタガタと震えるか弱い獲物。
「清水さんだけじゃなくて、僕とも仲良くしてほしいな。さっきも言ったけど、僕ずっと黒田くんと話してみたかったんだ。ダメかな?」
「いやあ、どうしよっかな~! なんか、オレの知ってる仲良くとは意味が違いそうだからな~!! やっぱ、この件はなかったことに」
「ダメかな?」
「あー、持ち帰って検討するとか」
「ダメかな?」
「こえーよお前!! 目も笑ってないし!」
有無を言わさずに距離を縮められ、隼人は情けない声を上げる。じりじりと後退するも、優は解放してくれない。いよいよ壁際まで追い詰められると、脳内で警告音がけたたましく鳴り響いた。
顔の横に手を添えられて、2人の距離がぐっと縮まる。互いの吐息がかかる程の至近距離。勝利を確信した優が、いつにも増して甘ったるい声で囁く。
「ほんとうに、ダメ?」
隼人は体中の血が逆流したような心地に襲われた。心臓がドクドクとうるさい。正体不明な熱が全身を包み込んだ。キャパオーバーした脳みそが、全力で白旗を振る。
「滅相もございません……」
気が付けば、隼人はそんなことを口にしていた。蚊の鳴くような声だったが、優には届いていたらしい。パッと手を離すと、「本当? 嬉しいな」と目を細められた。あ、今言質取られたな。ぼんやりとした頭で考える。
「それじゃあ、改めて。隼人くん、これからよろしくね」
「……おう。お手柔らかに頼む」
色々とね。そんな言葉が聞こえた気がして、隼人は震えた。かくして、2人の微妙な関係が始まったのである。
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