王子様の特別

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 準備とやらのために席を立った優を待ってから、数十分後。  ようやく現れた姿を見て、隼人は水筒のお茶を吹き出しそうになった。あんぐりと口を開けて優、正確に言えばついさっきまで優だった人を見つめる。  柔らかな栗色ではなく、真っ直ぐに伸びた黒色の髪。胸元に咲いた可愛らしいリボン。歩くたびに翻るスカート。極めつけは、化粧によって艶を増した唇。わずか数十分の間に、優は王子様からお姫様に変貌していたのである。  あまりの変わりように隼人が驚く中で、優は何事もなかったかのように席に着いた。長い髪を耳にかけながら、「お待たせ」と微笑みかけてくる。 「思ったよりも準備に時間がかかっちゃった。それじゃ改めて、始めよっか」 「せめて説明してくれよ!」  狂った状況に隼人は頭を抱えた。正面には無駄にクオリティの高い女装をしてきた優がいる。ご丁寧にウィッグやメイク付きで。隼人の心からの叫びに対して、優は「ああ!」と納得する。 「この衣装なら、教室に残ってた演劇部の子に頼んで借りてきたよ。『いっぺん着てみたくて』って言ったら、すぐに貸してくれてね。まあ、メイクまでされたのは想定外だったけど……」 「そこは最早何でもいい! してほしいのは、何でいきなり女装してきたかの説明!! まさかと思うけど、その恰好って」 「ご名答」  黒のウィッグをわざとらしく靡かせて、優は悪戯が成功した子どものような顔で笑う。 「今日は僕を清水さんだと思ってくれていいから」 「思えるか!!」 「そうかな? 我ながら、結構雰囲気出たかなって思ったんだけど」 「だからそれが嫌なんだって!!」  本来であれば、男子が女子の制服を着ると、大なり小なり無理が生じるものだ。しかし、優の華奢な体躯は違和感なく収まっていた。本人が言うように、雰囲気だけなら黒髪も合わさって静香に近いと言えなくもない。  それでも、骨ばった手や隆起した喉仏が、目の前の人物が優だと教えてくれる。ただでさえ距離感を図りかねているのに、こんなシチュエーションだと余計におかしくなりそうだ。 「そうだよね」  全力で拒否する隼人を見て、優が目を伏せる。長いまつ毛から覗く瞳は、心なしか薄い膜を張っているように見える。  隼人はぎょっとして言葉を失った。いつになく覇気のない声で、優は言葉を紡ぐ。 「できる限り本番に近付けた方がいいかと思ったんだけど、やっぱり無理があったよね。そもそも僕男だし。清水さんみたいになんて、なれる訳ないもんね。ごめん、僕今からでも着替えてくる」  逆に無理以外の何があったのか。とてもじゃないが、そんなツッコミを入れられる空気ではない。  隼人は自分が優を傷付けたのだと悟った。なんと声をかけるべきなのか。決めあぐねている間にも、彼は席を立とうとする。 「待った!」  離れ行く腕を隼人は掴んだ。机から身を乗り出して止める姿に、優が大きく目を見開く。 「悪い。さっきは言い過ぎた。オレのためを思ってしてくれたんだもんな。まずは礼を言うべきだった。ありがとう、白川」 「黒田くん……」 「いや、何で女装って発想になったのかは分かんないけど! せっかくしてくれたんだしな。清水さん役、お願いしてもいいか」  隼人は掴んでいた腕を離すと頭を下げた。少しの沈黙があって、優がぽつりと呟く。 「……掴んだままでも良かったのに」 「へ? それってどういう」 「なんでもない」  思わず顔を上げると、優はちょっと拗ねて唇を尖らせている。理由を尋ねる間もなく、彼はいつも通りの笑みを浮かべてみせた。 「了承も得たことだし、早速やっていこっか。僕は案外厳しいから、覚悟しててね」 「おう! 望むところだ!!」
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