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エルトナム城と呪いの大穴
馬車はやっとのことでうっそうとしていた森を抜けた。
日の暮れた空と川と山々が織り成す絶景に、出発した時と同じようにアレフとエトナは窓に引っ付いて、石造りのアーチ橋から景色を眺めていた。
マースは「ここまで来るとあと、三十分ほどで着きますぞ」というと、何やら懐から数枚の用紙を取り出し、それを読み始めた。
多分学院関係の用紙だろうとアレフは思いながら、横にいるエトナと談笑しながら、騎士学院へ到着するまで時間をつぶすのだった。
三十分後には馬車の外はすっかり夜になっていた。
馬車は木々で作られたアーチを抜けると、街で見かけた停留所と似た場所にたどり着く。
馬車の揺れが止まり、馬車を引いていた馬が鳴き声を出すとマースが立ち上がった。
「さあ、着きましたぞ。ここがエルトナム城を利用して作られた騎士学院エルトナムです」
マースは馬車の扉を開き、先に外へ出るとアレフたちも続いて馬車から降りる。
降りた目の前には、この学院の見取り図だろう看板が立っていた。
辺りは木々で囲まれており、停留所には所々にある街灯に照らされているが、空の暗さと木々のざわめきが少し不気味な雰囲気を感じさせていた。
周辺には自分たちと同じように、馬車で来た人たちが何人もいて、楽しそうに会話をしながら、停留所の奥にある階段へと向かっていった。
マースが「さて行きましょう」と言うと、エトナは自分たちを運んでくれた馬に「ありがとう」と言いながら首元を撫でては、去り際には手を振っていた。
そうして薄暗がりの階段を登り、たどり着いた先には大きな門扉が、口を開いて子どもたちを迎えていた。
その奥には大きな城が建っており、あれがエルトナム学院であることは一目で分かった。
アレフたちは白亜の城門をくぐり抜け、マースに連れられたどり着いた先は大きな庭だった。
数十名の子どもが庭の真ん中で待っていると、城の中から赤いマントを羽織った黒髪の年配の女性が現れ「皆さんに列で着いて来てください」と言い、子供たちの引率をし始めた。
「さて、アレフ、エトナ、ここでお別れです。急いであのお方に付いて行ってください」
マースがそう言うと、催促するようアレフとエトナの背中を優しく押した。
二人は女性の後に付いて行きながらもマースに手を振った。
マースも嬉しそうに手を振り返し、二人が見えるまで手を振っていた。
城に入ると玄関には巨大なシャンデリアがフロアを照らしていた。
床は焦げ茶の大理石で敷き詰められており、壁は灰色の石材で作られていた。
まさしくお城と言った内装にアレフもエトナもきょろきょろとあたりを見渡してしまう。
壁側には階段と通路があり、女性が向かっている正面には大きな木製の扉があった。
女性は厳しい顔つきで大きな扉の前に立つと後ろを振り返った。
「ここから先は、騎士団総長ローレンス様がおられる講堂となります。くれぐれも節操のないように!」
その言葉にアレフたちは思わず顔を強張らせる。
女性が扉を開くと、そこは体育館のように広々とした空間だった。
講堂の奥には何人かの人たちが講堂を見渡せるように着席していた。
両端には大きな丸テーブルが置かれており、その席に座りながらも、拍手し出迎えてくれる人たちがいた。
自分たちとあまり年が離れていないように見えるのは、彼らがこの学院の在学生だからだろうか、アレフがそう考えていると、隣にいるエトナが左腹を小突いてきた。
「な、なに?」
「あれ、マーガレットじゃない?」
エトナが自分たちの並んでいる集団の先頭を指さした。
アレフはエトナが指さす方向を見ると、昨日見た赤髪の女の子が、周りの子より多くの手荷物を持ちながら、歩いているのが見えた。
「ちゃんとたどり着けたんだ」
「そりゃあそうでしょ」
などと話していると、年配の女性が立ち止まった。
「さて、皆さん。緊張するとは思いますが、こちらの真ん中の丸テーブルにそれぞれ座ってください」
両端のテーブルと同様に、五十人ほどが座れるテーブルがあり、アレフとエトナは隣り合うように着席した。
みんなが座りきって両端の拍手が鳴りやまった後「すみません」と言う言葉が講堂に響き渡った。
「席が一つ足りないんですガ……」
アレフたちのちょうど後ろにいたのか、片言で話す黒髪の男の子は手を挙げて言った。
引率した年配の女性が気付くと「ああ、そうでした。一人増えたのでしたね」と言って、手袋を付けた左手を男の子に向けた。
女性がまるでテレビの電源を付けるように、男の子の方に向かって左手を振ると、人知れず男の子の足元に椅子が現れた。
「即興で申し訳ありませんが、そこに座ってください」
細目の男は「ハ、ハイ」と言うと着席した。
「さて、これで全員ですね。ローレンス騎士団総長兼学院長」
年配の女性がそう言うと、講堂の奥、中央の背の高い椅子に座り、どっしりと構えている白髪で髪を後ろに固めた老人が席を立った。
アレフの厳格なイメージとはかけ離れておらず、大きな身長に広い肩幅、黒色のマントをなびかせて一歩前へ出た。
「ふぉふぉふぉ、みなもの、ようこそ騎士学院エルトナムへ!」
静まり返った講堂に響き渡るローレンスの声は、より迫力の増すもので、アレフは少しばかり怖気ついてしまう。
ローレンスから目を逸らし、彼の後ろにいるこの学院の教育者であろう人たちに目を向ける。
アレフがマースはどこにいるのだろうかと見渡すが何処にもいなかった。
と思ったら、隅の扉からひょっこり顔を出しては静かに扉を閉め、周りに謝罪しながら空いている席に腰掛けるマースの姿があった。
黄色いハンカチで額の汗を拭ったあと、咳ばらいをし、落ち着かない様子で子供たちの方を見ていた。
マースがちらりとアレフを見た気がするので、アレフはマースに向かって小さく手を振ってみる。
それに気づいたのかマースも小さく振返してくれたが、隣に座っていた怖い顔つきの男性に、何か小言を言われしょげていた。
「以上が、私からの祝いの言葉といたそう」
ローレンスが話を終える。
——全く聞いていなかった。アレフは内心焦りながらも隣にいるエトナをちらりと見るが、眠たそうにしているあたり、特に聞いていても得をしなさそうな話だったらしい。
「さて、何名かは私の話を聞いていなさそうだったが……」
周囲でくすくすと笑いが起きた。
アレフはきっと自分のことを言われているのだろうと思い、恥ずかしくなりながらも姿勢を正した。
「ここから絶対に聞き漏らさずに聞いてほしい」
ローレンスがこほんと咳払いした。
「一つ。学院外に行く場合は必ず、教師の誰かに付き添い、あるいは、許可を得ること」
「一つ。薬品庫とアーティファクト保管庫には、必要な時以外入らないこと」
「一つ。無断での決闘は禁止すること。以上である」
ローレンスが一通り生徒たちを見回す。
ローレンスが「寝ている者はおらんな」と呟くと再び話をし始める。
「本入学には約五十名の騎士志望者がおるため、例年通り、二つの寮に別れてもらう。さて、今から呼ばれた者は、手荷物を持って、シグルド・グレイアロウズに付いて行くよう。なお、このシグルトが黒の寮監である」
そう言ってローレンスが後ろを向く。
先ほどマースに小言を言っていた怖そうな男性が立ち上がると、ローレンスと並ぶように前に出てきた。
「私が黒の寮監のグレイアロウズである。呼ばれた者は席を立ち、私の元に来るように。では、カサンドラ・ゴルドー。アンソニー・ウェルヌ……」
次々と立っていく生徒に、アレフはマースに小言を言ったあの寮監は嫌だなと、心の中で祈っていた。
「……。以上である」
アレフは呼ばれなかった。
エトナも呼ばれていなければ、エトナと仲良くしてくれたマーガレットも呼ばれてはいなかった。
「良かったね。マーガレットと同じ寮だよ」
「うん」
嬉しそうにエトナは頷いた。
名前を呼ばれた生徒はグレイアロウズに連れられ、そそくさと講堂を後にする。
続いて両端にいた生徒たちの半数が席を立ち、グレイアロウズの後を付くように講堂を出て行った。
「さて、赤の寮の寮監は私です。セレニア・スリグリンと言います」
さきほど案内をしてくれた黒髪の年配の女性がテーブルに近づいて来た。
だが、先ほどのような厳格さは見られず、穏やかな表情でこちらに話してきた。
「入学おめでとう。これから三年間はきっと楽しい生活になるでしょう」
穏やかな表情があたりに伝染したのか、同じ席に座っていた生徒は、互いに顔を見あって笑顔になっていた。
「赤の寮の代表として、三年のガイア。挨拶しなさい」
右側の席から「頑張れ!」「緊張するな!」と声が聞こえながら、一人の生徒が席を立った。
生徒は照れ笑いながら、「うるさいぞ」と言いながら、スリグリンの隣に出てきた。
「えー、皆さん。ご入学おめでっ……」
勢いよく噛んだ生徒は、同年の生徒たちや左側の席の生徒たちにも笑われていた。
あまつさえスリグリンも笑っていた。
思わず釣られて、同じ席の生徒たちにも笑顔が伝染していた。
「掴みはオッケーだな。よし、俺は三年生のガイア・クレイサムで、寮監のスリグリン先生が不在の時は、基本的に俺がみんなをまとめる。困ったことがあったら俺に聞いて欲しい」
ガイアの話にみんなが頷いた。
すると、一人の生徒が挙手をした。アレフたちの後ろに座っていた細目の男だ。
「すみません。一つ質問してもいいですカ?」
「君は先ほどの……、どうぞ」
みんなの視線が細めの男に集まる。
だが、その視線に臆することなく、こともなげに話し始めた。
「先ほど、俺にだけ席がなかったのは何故ですカ?」
「あれは、新入生は一昨日付けで入ったため、人数分の椅子の数を間違えってしまったんです。ごめんなさいね」
スリグリンは片言で話す細目の男にそう告げた。
「アー、なるほど。分かりましたタ」
細目の男が一礼する。
スリグリンはその話題を続けるように話し始めた。
「毎年我が騎士学院では、必ず赤の寮と黒の寮の人数が釣り合うように集められます。しかし、今年は特例によって一人の生徒の入学を許可しました」
特例、と言う言葉に生徒たちが騒めきだす。
スリグリンの後ろに立っていたローレンスが「まあ、そういうこともあるかろう」と言うと、ちらりとアレフの方を見ては優しく微笑んだ。
アレフはその姿に、ダァトの「人に優しい良い人」という、言葉の意味が分かった気がした。
「釣り合わないと何かいけないんですか?」
生徒の誰かが質問をした。
「ええ。釣り合わないと、卒業試験を受けられないからです。赤と黒の対抗で行う決闘試験。それが行えませんから」
「じゃが、卒業までにはまだ三年の猶予がある。決して留年させる気はあるまい。もちろん不良生徒がおった場合は別じゃがな」
ローレンスが笑っているが、その発言に生徒のざわめきが一瞬で止んだ。
「さて、ほかに質問する人は?」
誰も手を上げず、沈黙していた。
「それじゃ、寮まで案内しよう。一年生はついて来て」
ガイアは先頭に立って一年生たちを連れ、講堂を後にした。
わいわいと話し始めた一年生たちは、全員ガイアの後ろに付いて行った。
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