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「ここの螺旋階段の一番上は展望台。三階は副騎士団総長や学院長などの部屋になっているんだ。基本的に立ち入り禁止。危険なアーティファクトを保管していたりするからね」
「アーティファクトの保管庫って、一階にもあったよね。そことどう違うんですか?」
螺旋階段を上る途中で、アレフが疑問を呈した。
「三階にあるのは危険なアーティファクトで、一階にあるのが授業で使うものだけなんだ」
「へぇ」
四人が相槌を打ちながら、ガイアに連れてこられた場所は展望台だった。
展望台は視界が開けており、青空や大きな翼を広げた鳥が悠々と飛んでいるのが見えていた。
展望台の床には何羽か小鳥たちが羽を休めており、また心地の良い風がアレフたちの肌を撫でた。
視界の先にはエルトナム騎士学院を囲うようにして出来た、山や川と森の自然の領域郡であった。
アレフたちは感嘆の声を上げながら、展望台から外を見渡すように広がった。
アレフが展望台の端まで行くと、自然な環境の中で一つだけ不自然な地形を見つける。
「大穴だ」
アレフは不思議だと感じながらその大穴を見つめた。
アレフの言葉を聞き取ったのか、エトナとガイアがアレフの傍による。
「本当だ。何であんなのがあるんだろう」
「あれはダンガルゲン洞窟って言って、この学院が創立されるより前にあったらしいんだ。本当かどうかは分からないけどね」
ガイアも大穴を見ながら続けて説明した。
「歴史学の授業の時に習うと思うよ。それに図書館にも関連書物は置いてあるんだ」
ガイアの説明を受けていると、逆方向を見ていたリィンとマーガレットが「あれは何?」と言ってガイアを呼んだ。
その声にエトナとガイアが振り返り、ガイアは「今行くよ」と言ってアレフたちから離れた。
だが、リィンたちの声にアレフはまったく見向きもせず大穴を見ていた。
アレフは大穴に吸い込まれるような感覚に陥り気持ち悪くなりながらも、大穴から目を離すことは出来なかった。
食いつくように大穴を見続けるものだから、エトナが心配になって声をかけるも、アレフは魅入られたようにずっと見続けた。
ずっと見続けて目が乾燥したのか、アレフは左目が痒くなり擦った。
「アレフ!」
アレフは体を揺らされ、ハッと我に返った。
アレフは大穴を見続けていた影響か、突発的な頭痛に襲われると共に平衡感覚を失い尻もちをついてしまう。
「大丈夫?」
エトナの声を聞き、リィンたちはアレフの方に振り向く。
アレフの顔は真っ青だった。
汗をかき、息が荒れている姿を見て、ガイアはただ事ではないと感じ取ったのか、アレフを抱えて保健室へ向かった。
一階の保健室まで運ばれ、ベッドの上に寝かされると校医がベッドの傍に薬を置くと「苦いけどこれを飲んで、頭痛薬」と言っては、透明な液体が入ったコップを差し出した。
アレフはそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「うげぇ……」
あまりの苦さに声をこぼすと保健室の扉が開いた。
現れたのは学院長であるローレンスとマースの姿であった。
アレフは挨拶しようと体を起こすが「無理せんで良い」と言われ、アレフはそのまま仰向けになった。
「すみません。ローレンス学院長」
「ああ、そのままでよい」
傍によってきたローレンスはアレフに質問をする。
「ガイアからは聞いておる。あの大穴を見ていたそうじゃな」
「はい」
アレフが辺りを見渡すとエトナたちはおらず「既に寮に戻した」とマースは説明した。
「それで、大穴を見た感想は、どうじゃった?」
「なんだか……。変な感覚でした。なんだか、頭から落ちている気分でした」
「なるほど。無理もなかろうて」
ローレンスは近くあった丸椅子に座った。そして、思い出すように話し始めた。
「あの大穴には呪いがかけられておる」
「呪い?」
アレフは体を起こしてローレンスを見た。
「呪いってなんですか?」
ローレンスがアレフの顔を見る。
「アーティファクトとは違うものじゃ。イメージするなら魔法みたいなものだの。おぬしならだいたいの想像は付くだろう。マースから聞いておるぞ。アレフはアインの物語をよく読むと」
ローレンスは厳格な顔つきから、口髭をくいっと持ち上げ、笑顔を作ってはアレフに笑いかけた。
今まで知っているローレンスの顔つきから、あまり想像が出来ない笑顔だったので、アレフは思わず笑顔を返すのを忘れた。
「魔法?」
「そう魔法じゃ。まか不思議な力じゃ。その魔法があの大穴にかかっておる」
「僕からしてみれば、アーティファクトも十分に不思議なものです」
「そうだろう。それでもおまえさんはこの世界を拒絶せず、受け入れておる。まこと、勇敢な者じゃ」
ローレンスの微笑みにアレフはやっとのことで笑顔を見せることが出来た。
「さて、おまえさんがあの大穴の呪いにかかるのは、君自身が少し特別な体質をしておるからじゃ」
「特別な体質? エトナとは違うんですか?」
アレフは思わず疑問が口にでた。
「ああ、あの子も特別ではあるが、呪いと違うものじゃ。まぁ、エトナの方も仕方のないことだからの」
ローレンスは悲しそうに言ってみせた。
アレフは黙ってローレンスの話を聞いた。
「大穴を見たとき、おまえさんの周りには何人もの人がおったのに、その呪いにかかったのは、おまえさんだけじゃった。呪いというのは不思議な物で、それに気づける者は極稀なことなのじゃ。普通の者では自覚できず、気づいた時には呪いは体を蝕んでおる。私が言っていることが分かるかね?」
「……。全然分かりません」
アレフはローレンスの言いたいことがこれっぽっちも分からず、頭を横に振った。
「大穴に呪いがあることを体感的に捕えられているのは、この学院内だと私と、リーフ騎士団総長しかおらんのじゃ。……言いたいこと分かるか?」
ローレンスが面白そうにアレフの顔を伺ってきた。アレフは薄笑いをしながら「すみません。全然分かりません」と謝ることしかできない。
ローレンスの後ろにいるマースは何かに気づいたように、口を大きく開き驚いていた。
「つまり君は、騎士団総長にしか分からない呪いの影響を受けている。どういうことかと言うと……」
ローレンスがアレフの両肩を叩く。
「君には騎士団総長としての素質があるということだ」
ローレンスは笑みを浮かべながら、再度アレフの肩を叩いた。
騎士団総長になれる、ということはアレフにとって実感の湧かないものだった。
きっと素晴らしいことなのだろう。
リィンが言うには数えるほどしかいないという役職。それになれる素質があるというのに、アレフはいまいちピンと来ていなかった。
「僕まだ、剣さえも握ったことないですよ?」
「ここで学べばよいのじゃ」
嬉しそうに顔を見るローレンスと黄色いハンカチを目に当てながら、マースは「クロウリー夫妻、アレフは素晴らしい騎士になれますぞ」と泣いていた。
その時だった。
バタン、と大きな音をたて、全員、音のなる方を振り向いた。
保健室の扉が開き、現れた生徒は一人の生徒に支えられながら頭を押さえているベネットだった。
「すみません! 校庭の案内をしていたら、空からドラゴンの糞が降ってきて」
ベネットたちの傍に数人の校医が駆け付けては、アレフたちのベッドの近くに連れて来た。
「さて、ここらで潮時かの」
そう言って、ローレンスは席を立ち歩き始めた。
アレフはそういえばダァトからお花を渡すようにお願いされたことを思い出し、ローレンスを引き留めた。
「ま、待って下さい。ローレンス学院長には、これを渡すようにって」
アレフはダァトに持たされた白い花を服から取り出した。
その花はいまなお凛として花びらを開かせており、内ポケットに入っていたのにも関わらず、潰れた跡など一切見当たらない綺麗な形をとどめていた。
「なんと!」
ローレンスはアレフに駆け寄っては、渡されたお花を見ては、その後にアレフの顔をじっと見た。ローレンスの表情は驚きを示していた。
「ダァトの狐からか」
「狐じゃなかったですけど……。あっ、ダァトからローレンス学院長に言伝です。私はこちらの方を選んだと」
ローレンスはアレフの顔をまじまじと見た。
その後「あとで、学院長室に来なさい」とだけ呟くと、ローレンスはアレフに微笑むと保健室からマースと共に出て行った。
アレフは少し保健室で休んだ後、寮へ戻ろうと迷子になりながらも戻っていった。
談話室の扉を開けるとそこには、エトナとリィン、マーガレットが待っていた。
アレフが戻ってきたことに気づくと、エトナは暗い表情をして立ち上がり「アレフ」と声をかけてきた。
「ごめんなさい、迷惑をおかけしました」
アレフの謝罪に真っ先に反応したのはマーガレットだった。
「体調の方は平気なのかしら」
「それはもちろん。ただ単に酔っただけだからね」
「それで三人は、あの後どうしたの?」
アレフの質問にリィンが答えた。
「まだ、紹介されていない所に案内されテ。十五時には帰って来てたかナ?」
アレフは談話室に置かれている掛け時計を見ると、時刻は十七時半になっていた。
展望台に訪れた時には十二時位だったはずだが、そこから大分時間が経ったらしい。
アレフはあることに気づくと頭を抱えた。
「しまった。お昼ご飯食べ損ねた」
アレフが冗談交じりに大げさに言うと、リィンとマーガレットは少し笑ってみせたが、エトナだけが暗い表情をしていた。
何とか表情を明るくさせようとアレフは「あー」と頭を掻くと、それに気づいたマーガレットはエトナを小突いた。
小突かれたエトナははっと我に返ると、困惑しているアレフを見ては「十九時には講堂でご飯食べれるってさ」といって、女子寮への階段を登っていった。
アレフは依然頭を掻きながらその姿を見送ると、マーガレットから「はぁー」とため息をついた。
「アレフはエトナの兄なんでしょ? そんな頼りないと不安になるわよ」
「はい……」
「いい? 兄や姉と言うのは、しっかりしていて当然なの。でも、しっかりするのと不安にさせないのは別物よ。突然倒れて、ひょっこり帰って来て大丈夫って言っても、家族はそれでも心配するんだから」
「はい……」
マーガレットの説教にアレフはたじろき、頭を掻くのを止めた。
横でリィンが関心するように「ほぉー」と言っている。
「マーガレットもお姉ちゃんなんカ?」
「上に兄がいて、長女が私。下に弟二人に、妹三人よ」
リィンの質問にマーガレットは答えた。
「とにかく、エトナにはこれ以上不安にさせないこと。ただでさえ、あなたがいない時にあんなことあったんだから……」
うつむくマーガレットにアレフは質問した。
「あんなことって?」
「エトナの父親のことを悪く言う奴らサ。それだけならエトナも耐えてたんだけど……」
「もったいぶるなって」
リィンは言いづらそうに、頬を掻いた。
すると今度はマーガレットから話し始めた。
「あなたの悪口を言ったのよ」
「悪口だって?」
アレフは思わず聞き返してしまう。この学院に来て日は浅い。悪口が言えるほど、アレフのことを知らない人が大半だろう。
「どんなことを言ったんだ?」
「えっと、エトナの兄はイカれた悪騎士の娘に惑わされたとカ、兄アレフは悪騎士から娘を買ったとカ」
マーガレットが「ちょっと」と言っては、リィンを叩いた。
根も葉もない内容ではあるが、それ以前に頭が痛くなるような内容に、アレフは思わずあきれてしまった。
「言ったのは誰?」
アレフはため息交じりで、リィンたちに聞き返した。
「黒の寮の生徒。それも貴族の子」
「貴族?」
「セフィラを支えているお偉いさんのことだナ」
アレフはその話を聞き、腕を組んでは考え始めた。
まだ、授業すら始まってもいないのに、エトナのことを知る生徒がこれほどいるとは思ってもみなかった。
アレフは貴族という言葉に少しばかり不信感を覚えた。
「あんまり関わらない方がいいな」
「そうね。特に黒の寮にいる貴族の子は、あまりいい噂を聞かないもの」
マーガレットが嫌そうに話す。
少しの沈黙が流れた後、マーガレットは「エトナの様子を見てくる」と言って、女子寮の階段を登っていった。
残されたアレフとリィンは談話室で少しだけたむろした後、講堂へと向かった。
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