ウィルカート街へようこそ!

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「さて、お二人には騎士学院に入るための準備をしてもらいます。ささ、こちらへ」 マースはアレフたちに追いつくと、付いて来るように先頭を歩き始めた。 アレフたちはマースに付いて行きながらも、たくさん並ぶ店へ目移りしていた。 ——訓練用の木剣。最新型の木剣はなんと、寸でのところで止めてくれる安全装置付き! 宣伝しているお店には、自分たちと同じような年ごろの子たちが列をなして並んでいた。 ——危機回避用アーティファクトはいつだってあなたの味方! 今なら三セット付! ここはアーティファクトを売っているお店なのだろうか。 繫盛はしていないように見えるが、それでもアレフたちの視線は、ショーウィンドウに飾られたアーティファクトに思わず釘付けになっていた。 ——アインとセフィラはこれ一本! これであなたも知識王!? 著 セレニア・スリグリン。 こちらは書店だろうか。 ショーウィンドウには大々的に宣伝されている本があるが、あまりにも胡散臭い台詞に思わずに二人して笑ってしまう。 そんな新鮮な景色を堪能しながら、マースに連れられた先は「エルトナム学院用購買部」と看板のたてられた古ぼけたお店だった。 ショーウィンドウには蜘蛛の巣が張っており、入り口の照明は点滅している。 先ほどの色華やかなお店とは打って変わって人の姿も見受けられない。 アレフが思わずマースに愚痴をこぼす。 「マース……。ここで合ってるの?」 「もちろんです。騎士学院に入るならすべてここで揃うのですから」 マースはそう言って扉を開け、頭をぶつけないように店内へ入っていった。 二人は先ほどの色鮮やかな店頭を見返すと、少し残念がりながらマースに続いて購買部に入っていくのだった。 薄暗い店内には至る所に蜘蛛の巣が張っており、棚には埃の被った教本や木剣のようなものもあった。 正面のカウンターには一匹の赤毛の犬が座っていた。 犬と言っても、ちょうどアレフと同じぐらいの高さで、丸眼鏡をかけた柴犬だった。 マースが柴犬に対して「騎士育成用の教本とか一通りくだされ」と言うと、柴犬は何も言わず、とことこと四足歩行で店の奥へと消えていき、アレフとエトナは目を丸くした。 「今のって……」 「今の? ああ、アインでは犬は眼鏡をかけませんでしたか」 「いや、そうじゃなくて……。今の犬って、言葉が分かっていたの?」 「言葉が分かっている……?」 アレフの質問に対して、マースは首をかしげる。 少し考えた後、思い出したように答え始めた。 「ああ、そう言うことでしたか。あの方はここの店主であられますぞ」 「その通りだ、アインの子よ」 そう言いながら、柴犬は前足に荷物を抱えながら、今度は二足歩行で店の奥から出てきた。 柴犬は荷物の入った袋をカウンターの上に置くと、前足を器用に使って、眼鏡をずらして二人の顔を見た。 「男の方がアレフで、娘の方がエトナか」 「左様。これからエルトナム学院に入るつもりでしてな」 「マース。なぜエトナを騎士にさせるのだ。ローレンスは何を考えておる」 柴犬はマースを睨みつけながら渋い声で言い放った。 やはり、エトナはセフィラではあまり歓迎されない存在なのだろうと、アレフは思いながらエトナを見ると、エトナもまた俯いていた。 「ローレンス殿はエトナこそが私たちの希望だと、そうおっしゃっていました」 「希望だと?」 「ええ、エトナをしっかり育てることが出来れば、きっとこれから先の騎士団の雰囲気は変わるだろうと。そうおっしゃっていました」 「ふん。どうせ、じじいの下らん戯言だな」 そう言うと柴犬はレジスターの前に立ち「代金は払えよ」というと、今度は椅子に飛び乗り、組めてもいない足を組み、カウンターの引き出しにあった新聞紙を取り出すと新聞を広げた。 だがここで、アレフは重要なことに気づいた。 「マース、僕たちお金持ってないよ!」 アレフは心配そうにマースを見上げるが、マースはニコっと笑うと、懐から財布を取り出した。 「心配ご無用。既に代金はローレンス殿から頂いておられる。最も一人分ではあるが、そこはマクレイン先生が立て替えてくれておりますぞ」 マースはそう言って財布から金貨十枚を取り出すと、柴犬の目の前に置いた。 柴犬は新聞越しからちらりと金貨に目をくれると「毎度あり」と愛想なしに言った。 アレフたちは店を出ると、マースに対して二人はお礼を言った。 「ありがとう。マース」 「お礼を言う相手を間違えていますぞ、二人とも。マクレイン先生にまた会ったときにその言葉は残して下され」 そのような会話をして次の目的地に向かおうと移動しようとしたところ、マースがエトナに向かって「大丈夫ですか?」と言った。 アレフもその言葉にエトナの方を向くが、エトナは俯いたままで、横から見ても顔色が優れないことが見て取れた。 思わずアレフも心配になって声をかける。 「大丈夫か、エトナ。ちょっと休憩するか?」 「違う」 「なるほど、先ほどの店主の発言か」 マースの言葉にエトナはこくりと頷いた。 あまりいい印象を持たれていないのが分かったのか、気落ちしてしまうのも無理はなかった。 そんなエトナの姿にアレフはすかさずフォローした。 「でも、ローレンスさんっていう方はエトナのことを希望と言ってたんだ。みんながみんな、あんな印象を持っているわけでもないはずだよ」 「そうですとも。私やローレンス殿。それに学院には頼れる方々もおられますぞ」 マースもアレフと同じように励まし始めた。 エトナはその言葉を聞き、少しはだけ俯いていた顔を上げた。 それを見たマースは「それでは次に行きましょう」と言うと、道案内を再開し始めた。 ところが、道案内はすぐに終了となった。 アレフたちの後ろから、茶色いジャケットと黒いスカートに身を包み、赤髪の女の子が声をかけてきたのだ。 「ちょっと! あなたがあの悪騎士マルクトの娘?」 エトナに近寄ってきた赤髪の女の子は大声を上げてエトナに質問する。 エトナはズカズカと歩み寄る女の子に思わずたじろいでしまう。 アレフが止めに入ろうとしたところ、女の子の後ろから一人の執事が慌てて駆け寄ってきた。 「マーガレット様! お待ちくださいませ!」 白髪の執事は息も絶え絶えで駆け寄ってきては、膝に手をつき呼吸を整えた。 執事の肩にはたくさんの買い物袋があり、見るに辛そうな格好をしていた。 すると、マーガレットと呼ばれる女の子は、執事に向かって「待たない!」と言うとエトナの方に向き直した。 「それで! どうなの! あなたはさっき、エトナって呼ばれていたでしょ? 悪騎士マルクトの娘なの?」 まくしたてるように話をするマーガレットに、エトナは困惑するがなんとか質問には答えようとする。 「たぶん……、そう……」 「たぶん!? そう!?」 マーガレットの勢いはさらに増した。 「はっきりしなさい!」 マーガレットの興奮冷めやらぬ勢いに、アレフやマースでさえも困惑するほどだった。 それでも困惑するエトナはマーガレットの質問に答えようと声を出した。 「そうだよ……。でも、育ててくれた人は違うの」 「ふーん。なるほど」 マーガレットはそのように頷くと、エトナから一歩下がって、スカート裾を軽くつまんでお辞儀をした。 「失礼したわ、エトナさん。あの悪名名高い騎士の子どもと言うのだから、どんな人間か知りたかったのよ。実際はごく普通の女の子に見えるし、やっぱり噂だけを信じては駄目ね」 エトナはマーガレットの突然の礼儀正しさに、思わず安堵交じりに「はぁ」と返事をした。 「申し遅れました。私、マーガレット・ラインフォルトと申しますの。以後お見知りおきをエトナさん」 「あっ、エトナ・クロウリーです」 エトナはそう言うとぺこりと頭を下げた。 その姿にマーガレットはまじまじと観察し始めた。 「やはり、普通の子で礼儀正しい子ね。お父様ったら、悪騎士はなんだの言うものだから、思わず確かめたくなってしまったじゃない。今度お父様に会ったら、あなたに謝罪文を送るように言っておきますわ」 マーガレットがそう言うと、エトナも苦笑いをするしかなかった。 「ところで、あなたも騎士学院に入るのでしょう? 私と同期になるわね。私も今年になって入ることになったのよ」 「そ、そうなんだ」 マーガレットの早口な会話に付いて行けず、ただ聞くことしか出来ないエトナは必死に相槌を打っていた。 「同じ寮生になったらよろしくお願いするわ」 マーガレットは右手を差し出し、エトナに握手を求めるよう促す。 エトナは恐る恐るマーガレットの手を握ると、マーガレットは握った手をブンブン振り回した。 満足したのかマーガレットは手を放し「失礼するわ」と微笑むと、エトナの傍にいたアレフやマースにも会釈をし、執事の男性に向かって「行きますわよ!」と言うと歩き出した。 嵐が去ったような感覚であったが、エトナの表情は先ほどよりも明るく、遠のくマーガレットを見つめていた。 その姿を見たマースはアレフにこっそり耳打ちをした。 「早速、お友達ができたようですな」 「うん。良かったよ」 アレフはエトナがマーガレットを見送る姿を見て、思わず笑顔がこぼれた。
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