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まだ学生の頃、僕はよく女の子に囲まれていた。自分では対して気にしたことも無いこの顔は周りから見れば整っているらしく、告白や性的な誘いをされることは日常茶飯事だった。
中には過激な子もいたりして、僕に近づくために僕の家族に近づこうとする子も居た。酷い時には、まだ幼かった弟が僕から可愛がられていることにやきもちを焼いた子に危害を加えられそうになることもあった。
だから僕は僕に近づく子達皆にある約束を提示したんだ。
「みんな仲良く…家族には絶対に接触しないこと…」
昔、自分で決めた約束を思い浮かべながらぽつりと家のリビングのソファーに座って呟く。
まだ幼すぎた弟を守るための約束だった。
大切な物を、自分の居場所を、ただ守りたかった。
その約束を提示する過程で、僕は皆に平等に接することを徹底した。トラブル回避のために誰からであってもプレゼントは絶対受け取らないようにしたし、誰にでも優しく接するように心がけた。僕から相手に触れることはしないし、相手から触れてくることも良しとしなかった。そうすれば皆、表上は約束を守って仲良くしてくれたし、僕も正直、面倒事を避けられて良いと思った。
それに僕はあまり人に興味を持つことが出来ない。淡白、その言葉に尽きる。
弟以外に物凄く大切にしたいと思えた人もいないし、性的なことにも興味が湧かなくてこの歳になってもそういったことの経験は無い。
誰にでも平等に接すれば接する程、そういったことを自分から遠ざけてしまっている節もある。
「…そろそろこんなこと辞めないと行けないのかな…」
弟も大きくなって、彼には大切な恋人もできた。
僕から守られるだけの小さかった瑞貴はもう居なくて、今居るのは自分の大切な人を守れるくらい強くなった立派な弟だけ。
平等も約束も何もかも、この歳になってからは正直惰性で続けているようなものだ。
はあ〜ってため息を吐くと、それと同時にピロンとスマホの通知音が鳴って、画面を確認する。
『紺野さんとデートだから帰り遅くなる』
弟からのメッセージに幸せそうで何よりだと頬を緩ませた僕は、自分もこんな風に誰かを愛せる日が来るだろうかと思いを馳せる。
学生の頃から、面倒だと恋愛から逃げていた自分が今更誰かと恋人になる所なんて想像できなくて眉を寄せた。
恋人…か…
昨日見た柔らかなタレ目がちのブラウンの瞳が脳裏をよぎる。
「…居るかな…」
何となくあのカフェにもう一度行ってみようと思ったのはどうしてだろう。
仕事の邪魔をしてしまったから、大丈夫だったか聞きたいから?
いや…そうじゃない。
ただ、なんとなくもう一度彼と話をしてみたいと思ったんだ。
本当に気まぐれに、理由もなく興味を惹かれて……ただそれだけ。
ソファーから立ち上がると、適当に上着を羽織って外に出た。
居たらなんて言って声をかけようか。
このカフェが気になっていた、とでも言っておこう。それで、君がいるなんて思わなかったって偶然でも装って話しかけよう。
ぐるぐると頭の中で言い訳を考えながら、あのカフェへと向かって足早に進んでいく。
カフェとの距離が近づいてくると、何故か少しだけ緊張を感じて喉が乾いた感覚がしてきた。
そよそよと揺れる風とぽかぽかな陽気が気持ちよく、その光を受けながらこの間と同じ席で相変わらずタブレットを見つめている彼を発見して、居たことに少しだけほっとする。
綺麗なベージュの髪を視界に映すと、考えていた言葉を何度もシュミレーションしながら焦る気持ちを必死に隠して、彼へとゆっくりと近づくと、僕はいつもの笑みを浮かべて彼へと声をかけた。
「あれ、この前の」
僕の声に反応して彼が前みたいに顔を上げてくれる。
家で思い浮かべていたブラウンの瞳を見つめながら、本物は記憶の中の物よりも、もっと綺麗だと内心で思った。
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