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八重樫さんが俺に向かって何か言おうと口を微かに開いた時、遠くの方から女の子の八重樫さんを呼ぶ声が聞こえてきて、彼は直ぐに顔にいつもの優しげな笑みを浮かべ直した。
「志貴くんまたここいるの〜?」
「遠子が志貴くん見かけたって言うから来てみたけどほんとに居た〜。てか、えっ!この間のイケメン君じゃんっ!!なになに知り合いだったの〜?」
八重樫さんの隣に立ってペラペラと喋っている彼女達の話を、八重樫さんはずっと優しげな顔でうんうんって聞いてあげている。
それを見ながら、この人は疲れないのかなってつい思ってしまった。俺なら、遠回しにでも構わないでくれって言ってしまうと思う。
八重樫さんは彼女達の話を聞きながらも、俺の方にチラチラと視線を向けてきていて、俺を放ったらかしにして話をしていることに罪悪感を感じている様子だ。
だから、俺は一度小さく息を吐き出してから、花束を手に取って立ち上がった。
「星野君?」
「俺、帰りますね。もう気分も良くなったので」
「…え…あ、それは良かったよ」
気分なんてどこも悪くない。
彼女達の質問攻めに困ってそうだったから一芝居打っただけだ。
会計を済ませて、カフェから出ると手に持っている花束に視線を向けた。
捨てるなんて強がって口にしたけど、そんなこと出来るわけない。
咲き誇っているこの花は俺の彼への思いの大きさの表れだ。八重樫さんを思い浮かべながら、彼に1番似合う花を店員さんに頼んで丁寧に包んでもらった。
捨てれるわけない。
「…帰るか〜」
自分がこんな風に誰かを思う日が来るなんて想像もしていなかった。だから、自分でもこの感情を持て余していて、それがこの花束で証明されているみたいで恥ずかしい。
「かっこわり〜…」
車に乗り込んでそっと花束を助手席に置くと、そのまま家へと帰宅する。
車が動く振動で揺れる花弁が八重樫さんと話している時の俺の心の様で苦笑いが盛れた。
帰宅すると、手直にある大きめのマグカップとボウルに水を注いで、包みから取り出した花の茎の先をボウルに付けてから数ミリ程カットする。
インテリア系の仕事をしていると、こういった知識も役に立つことがあるかもしれないからと、覚えていてよかったとこの瞬間思う。
カットした花をマグカップに丁寧に飾ると邪魔にならない位置に飾っておいた。
そっと花弁に手を添えれば、ひらりと1枚花びらが下へと落ちる。
もしも、このままこの恋が叶わなければ、俺の心もこの花のようにひらひらと舞落ちて行くのだろうか。
そこまで考えて、その考えを振り払った。
まだ始まったばかり。
1度拒否されただけで諦めるほど俺は意気地無しじゃない。揺れる花弁にふって笑を零して、頑張れ俺って呟いた。
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