予防線(八重樫志貴視点)

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彼が弟さんの話をしてくれた時に、少しだけ親近感が沸いた気がした。 秘書さんと悟君の恋愛話を僕に聞かせながら、本当に嬉しそうに目元に皺を寄せてくしゃりと笑う彼の顔があまりにも可愛くて、それなのに綺麗だとも思って、釣られるように僕も顔を綻ばせて瑞貴の話を彼にしたんだ。 話すのは本当に楽しくて、彼と別れてからも余韻が体を満たして、久しぶりに感じる満足感に明日もここに来て彼と話がしたいと強く思った。 次の日、カフェに行くか悩んでいると僕の取り巻きの女の子の1人からあのカフェが気になるから皆を誘って行かないかと誘われた。 もしかしたら今日も星野君に会えるかもしれないと思って二つ返事で了承すると、外出するために準備を始めた。 彼と話したい。 弟達の話をして親近感が湧いたからそう思ってしまうんだと思うけれど、兎に角彼と話がしたくて浮き足立った様な感覚のまま女の子達と集まってカフェへと向かった。 カフェに着いてまず最初にあのテラス席を確認してしまった自分に内心で苦笑いを浮かべる。彼がお昼時になると此処に高確率で来ることは何となく分かっていてこの時間に来てみたけれど、肝心の彼の姿が見当たらないことに落胆を覚えた。 手近な席に座って、女の子達の話に耳を傾けながら、彼は来ないのだろうかとこっそりと辺りを見渡してみる。 そうしたら、見覚えのあるベージュ色の髪が目に入って、じわじわと何故かは分からないけれど嬉しさを感じた。 それなのに… 彼は僕達の方に1度視線を向けたかと思うと、そのまま背を向けて来た方向に戻って行ってしまう。 「…どうして…」 「志貴くんどうしたの〜?」 「なになに、なにかうちら変なこと言ったかな」 「ごめん。ご飯食べてて」 「…えっ!?ちょっとっ、」 普段の自分らしくもない行動だったと思う。 女の子たちに素っ気なくそれだけ言うと、僕は慌てて去っていく彼の背中を追いかけた。 少しずつ近づく彼の背中に安堵しながら、彼に声をかけると彼が僕の方を振り返って、瞳を丸くさせて驚いた顔をした。 「女の子達放っておいていいんですか?」 そう言って僕の後ろに視線を向ける彼に、僕は大丈夫だと答えた。 あの子達よりも僕は君と話がしたいんだよ。女の子達には申し訳ないけれど、彼女達と居て、話を黙って聞いているよりも彼と弟達の話をする方が何倍も有意義な時間になると思ってしまう。 「今日は弟君の話聞かせてくれないの?」 君と話がしたいって言えたらいいけれど、突然数回会っただけの人間にそんなことを言われても困ってしまうだろうと思って遠回しにそう言ってみた。 いつも浮べる笑顔を顔に浮かべて彼を見つめる。 家族以外の人と話す時、基本この顔をしている僕はそれがすっかり癖になってしまっていて、今更この笑顔以外に他人に向けられる表情が何かなんて考えることも放棄してしまっている。 星野君は僕の顔をじっと見つめて、微かに眉間に皺を寄せると、会社に戻らないと行けないって断りの言葉を返してきた。 「そっか。残念」 その返事にかなりガッカリしてしまって、思わず出た言葉に、彼は、そんなこと思っていなさそうって言ってきた。 なんだか、胸が痛いし、悲しい。 無理矢理顔に笑顔を浮かべて、嘘じゃないって答えた。 嘘なんかつかないよ。 他人に興味のなかった僕が、やっとなにかに興味を持つことが出来たのに、嘘なんか吐くわけないじゃないか。 君と話がしたい。 君のくしゃりと皺の寄るあの綺麗な顔をまた間近で見たいんだ。 彼がどうしてカフェから立ち去ったのかはよく分からない。それでもこうして話をしてくれるってことは僕のこと嫌いになってはいないってことだよね? 「ふーん」 それなのに、どうしてそんなに冷たい返事をするの? 昨日はあんなに楽しげに話をしてくれたのに…。 まるで見えない壁に遮られているように、彼の内面に踏み込むことが出来ない。 僕が平等を貫くように、彼も心の内に自分の思いを隠している気がする。 お互いに予防線を張り合って、踏み込まれないように、自分のテリトリーを守るように。 「そろそろ本気で会社戻らないといけないから」 そう言った彼に僕が頑張ってねって声をかけると、彼は1度お辞儀をして僕に背を向けて歩いていってしまう。 その後ろ姿を見つめながら、自分は何をしてるんだって自嘲気味に笑った。 平等を貫いてきたはずなのに、自分からそれを壊そうとしてしまったことに気がついた。 「……戻ろう」 まだ見えている彼の背中に僕も背を向けると、女の子達が待っているカフェへと戻る。 あの場所に戻っても星野君は居ないんだなって、頭の片隅で思ってしまった。
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