予防線(八重樫志貴視点)

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あれから、僕は毎日1人であのカフェへと足を運んでいた。女の子達と遊ぶ気にもなれなくて、全部断って、ただ星野君の影だけをずっと…ずっと探していた。 こんなことするのは変だとは分かっている。 毎日、毎日、、特に何かする訳でもなく、彼が前に飲んでいた珈琲を頼んで、それをちびちび喉に流し込みながら、ただ座って彼のことを待つだけ。 何が彼に壁を作らせてしまったのだろうか。 人に壁を作って生きてきた自分のそんな態度が彼にも伝わってしまったのかもしれない。 大企業の常務ともなれば、そういう観察眼にも優れていたりするのかな…。 そうだとしたら、僕がどんな人間なのかなんて簡単に分かってしまうのかも…。だけど、表面だけ見て決めて欲しくないとも思ってしまう。 彼に僕の心の中を見て欲しい。 そう思うこと自体初めての事で戸惑っている。 こういうのなんて言うんだろう… 一目見たときから、彼のことが気になっていた。優しげで何処までも綺麗な彼は、きっとずっと見ていても飽きないんじゃないかなって思う。 今日も数時間粘って、結局諦めて帰宅することにした。 次の日も、その次の日も、まるで雲隠れしてるみたいに彼はカフェに姿を表さなかった。もしかしたら避けられているのかもしれない。 理由はわからない。 分からないけれど…僕がなにかしてしまったなら謝りたい。 結局、彼を待ち続けて1週間と少し程経ってしまった。 ここまで来ると、なんで自分は彼を待っているのか分からなくなってきて、それでも意地になって彼が来るまでカフェに通い詰めてやるって決めてまた何度もあの場所へ足を運ぶ。 「……居た……」 仕事を終えてから、どうせ居ないだろうって思いつつカフェへと向かうと、指定席のようになっているあのテラス席で彼がそこに居るのが当たり前のように悠々と座っている姿が目に飛び込んできた。 途端に嬉しさが込み上げてきて、にやけそうになる頬をなんとか落ち着かせて、彼に近づいた。 風が彼のしっかりとセットしてある髪を揺らしている。声をかければ、僕に気がついた彼が顔を上げて、僕の姿をその綺麗な両の目に捉えた瞬間、ブラウンのそれをすっと細めてくしゃりと微かに笑った。 僕がずっと見たいと思っていた彼の笑う顔は僕の心の中にトンっと飛び込んできて、そして僕の中のなにかがその衝撃で弾けた気がした。 彼は笑みを浮かべたまま、僕の目の前に膝を着いて、傍らに置いていたであろう色とりどりの大輪の花が咲き誇る花束を僕の目の前へと差し出してきた。 「俺は絶対あんたの心に入り込んでやるから」 彼が花束を差し出しながら発した言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、それは僕のセリフだってつい思う。 それと同時に、彼は僕のこと嫌いになったわけではないんだって少しだけ安堵して、その後にはこの状況をどうしたらいいのか頭を悩ませた。 プレゼントは受け取らない…。 誰からであっても。 ずっと昔決めたことを今更覆すことは僕には難しくて、受け取れないと言おうとしたのに、彼は強引に僕に花束を手渡してきた。 それをつい受け取りながら、彼の真意が読めなくて困惑する。 座るように促されて腰掛けると、彼も僕の目の前に腰かけて、じっと僕のことを見つめてきた。 腕に抱えた花束に視線をやってから、僕も彼を同じ様に見つめる。 やっぱりいつ見ても彼は綺麗だと思った。まるで僕の腕の中で咲き誇る大輪の花のように、彼は爛々と輝いて、周りの目を惹き付けてやまないと…ただ、そう思ったんだ。
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