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止むことなく続く行為にストップを掛けたのは、軽快なスマホの着信音だった。
「出なくていいの?」
八重樫さんに促されて表示された名前を確認すると月見からで、思わず、あ…って声を漏らす。
電話に出ると、開口一番、俺は帰るからタクシー拾って帰れって冷めきった声で言われて俺は苦笑いを零した。
「すまん」
『悟くんと約束があるからこれ以上待てないよ』
「ああ、帰ってもらってかまわない」
『それじゃあ気をつけてね』
それだけ言って切れてしまった通話画面を見つめながら、フッて思わず笑ってしまう。俺の親友は相変わらずだ。待たせたこと明日詫び入れないとな。
「八重樫さん歩き?」
スマホをポケットにしまって八重樫さんに視線を戻すと、彼は何故か困ったように眉を寄せて俺のスマホが仕舞われたポケットを見つめていた。
「…どうかしました?」
「え、あ…いや…。えーと…なんだったっけ?」
「……八重樫さん歩いてここまで来たんですか?」
「あー、うん。家が近いから」
「ふーん。俺、タクシー拾って帰りますけど八重樫さんどうします?」
「どうするって…」
俺の質問にたじろぐ八重樫さんを見つめながら、離れるのは寂しいなって思う。誘ったつもりだったけど、気づいてくれてるのか?
「俺の家来ます?」
「…え…あー、とっ…その」
ほんのりと頬を染める八重樫さんが可愛くて、俺は思わずくすくすと笑ってしまう。
彼はなにを想像してそんな顔をしたんだろうか。こんなに綺麗な人でも下ネタとか言うのかな。少し気になる。
「何もしませんよ」
「え…?」
「約束です。八重樫さんが嫌がることは絶対しません。あ、八重樫さんが俺になにかする分には全然構いませんけどね〜」
ヘラヘラ笑いながらそう言ったら、八重樫さんは、本当に何もしない?って聞いてきた。それにしっかりと頷くと、お邪魔しようかなって八重樫さんが了承してくれて内心でガッツポーズをしてしまう。
タクシーを捕まえて、2人乗り込むと俺の住むマンションの住所を運転手へと伝えた。
「弟にメッセージ入れとかないと」
そう言ってスマホを開いた彼を眺めながら、綺麗な手してるなって思う。女性みたいに凄く細いわけでも華奢な訳でもないし柔らかそうでもないその手はどちらかと言うと骨ばっていて、背も高いからか手のひらも大きい。けれど、長く靱やかなそれは肌の色が白いことも相まって、ほんとうに凄く綺麗だと思った。
思わず彼の手を自分の指でなぞる。
それにビクリと彼が肩を揺らして、じっとりとした目で軽く睨んできた。
「何もしないんでしょ」
「あっ、つい」
「……不安しかないんだけど」
「ははは、大丈夫ですよ。約束は守りますから」
嫌われたくはないから。
俺は手を降ろすと自分のお腹の前で両手を組んで、もう何もしないってもう一度だけ伝えた。
そうしたら八重樫さんはそれを確認してから、またスマホへと視線を戻した。
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