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あれから僕達は毎日カフェで話をするようになった。約束してる訳でもなく、ただ何となく足を運んで、下らない世間話をして、最後に星野君がくれる花束を僕が受け取れないと断る。
そんなルーティーンは、僕のつまらなかった日常の些細な楽しみになっていた。
けれど、1つだけ聞きたくても聞けないことがある。
それはあの花束の行方。
臆病な僕は未だに助けてくれた時のお礼すら言えないまま、ポケットに1口チョコを忍ばせて、彼がくれる特別を受け取れずにいた。
彼のことを好きなのかも分からない。
ただ、その特別なプレゼントは嬉しいと思うんだ。
それが何よりの答えだと思うけれど、なかなか1歩踏み出せず、ずっと同じ場所で足踏みをしている。
「…遅くなったな…」
在宅ワークをしている僕は基本的に一日に使える時間が自由に決められるけれど、今日はオンライン会議の日で会議が終わる頃には辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
「居るのかな…」
初めて彼が花束を持ってきてくれた日から1度として彼と会わなかった日は無かった。
彼は優しいから、なかなか答えを出さない僕に返事を聞かせろなんて催促をしてきたことも無く、ただ好きですって毎日一言言うだけ。
いつも、頬杖を着いて、感情が溢れたって言うみたいに、好きですって彼は口にする。
その言葉を聞けることをいつの間にか楽しみにしている僕は、きっと凄くずるいやつなんだ。
暗い道を歩きながら、会いたいって想いを馳せる。まだカフェは開いている時間で、彼は待ってくれているかもしれない。
カフェに近づいてきた頃、道の端に白のメルセデス・ベンツが停めてあるのが視界に入った。
運転席の所に誰かが立っていて、何となく顔を確認すると、それが僕の会いたくて仕方なった彼だと気がつく。
彼は、運転席の窓から顔を覗かせる中性的な顔をした物凄く美人な男の人と楽しげに会話をしていた。それを遠くで眺めながら、少しづつ募っていく暗い感情に何故だかイライラしてくる。
その感情に戸惑っていると、男性が星野君に顔を近づけてキスをしようとしているのが目に飛び込んできて、その人に触れるなって独占欲が僕の心を一気に支配した。
気がついたら彼に声をかけていて、驚いた表情をする彼を見つめながら、この感情がなんなのかハッキリと自覚する。
それと同時に、キスをするような関係の人がいるのにどうして僕に花束なんて渡してくるんだって悲しくなった。
彼の好きですって一言を信じきっていた自分は間違っていたのか?
君を誰にも触れさせたくない。
誰にもあげたくない。
君が欲しい…僕は君にしかこんなこと思えないのに、君はそうじゃなかった?
「八重樫さん、こんな所で何してるんですか?」
「……カフェに行こうと思って…。でも、やっぱり今日はやめておこうと思う」
驚いた様子で聞いてくる彼と話していると、感情が溢れて八つ当たりしてしまいそうで、顔にいつもの笑みを浮かべて無難に返事を返した。
顔も見れたんだから、それで満足して帰ろう…。
それで、もうカフェに行くのはやめてしまおうかな…。
「何かありました?」
「ううん。何も無いよ」
「……嘘だ」
僕は隠し事は上手い方だと思う。
それなのに星野君は直ぐに僕の嘘に気がつくんだ。どんなにこの重い気持ちを隠したって、彼はその綺麗な瞳で全部見透かしてしまう。
足早に僕に近づいてくる彼に僕は困った表情をして笑いかける。
「……なんで嘘だと思うの?」
「勘です」
「……そっか……、ねえ、」
ねえ……苦しい。
こんな感情、初めて経験しているから、苦しくて苦しくて仕方ないんだ。
「どうしたんですか?」
心配げに僕の顔を覗き込んでくる彼に、そんな顔しないで欲しいって思った。
優しくしないで欲しい…そうじゃないとどんどん深みに嵌って抜け出せなくなってしまう。
「恋人が要るならどうして僕に毎日花束をくれようとするの?」
あの花束の行方は何処なんだろう。
もしも、本当に捨てているのなら、僕のこの気持ちも一緒に捨ててくれないかな。
そんな重い僕の言葉に、彼はただ訳が分からないって言うみたいに首を傾げた。
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