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軽快なスマホの着信音が鳴り響いて、僕達は動きを止めた。
「出なくていいの?」
出るように促すと、星野君がスマホの表示画面を見て、あ…って声を漏らした。
着信に出た彼は楽しげに笑顔を漏らしながら電話の主と話をしている。
それを黙って隣で見つめながら、電話の主は秘書さんだろうかって何となく確信を持った。
彼にこんな顔をさせられるのは弟くんか先程の秘書さんくらいだろうから…。
彼のスマホを見つめながら、また胸の苦しさが再発する。
これは彼が言うようにやきもちなんだと思う。
彼に笑顔を浮かべさせることが出来る人がいることへのやきもち。
「…どうかしました?」
ただ、じっとスマホを見つめていた僕に星野君が不思議そうな顔をして尋ねてきて、ハッとした僕は慌てて星野君に視線を向けた。
「え、あ…いや…。えーと…なんだったっけ?」
「……八重樫さん歩いてここまで来たんですか?」
「あー、うん。家が近いから」
「ふーん。俺、タクシー拾って帰りますけど八重樫さんどうします?」
「どうするって…」
星野君の質問につい戸惑ってしまう。
どうするって、どうするの?
家に誘われてるのだろうか。
僕がお邪魔してもいいの?
どう答えていいか分からなくて困っていると星野君がもう一度家に来るか尋ねてきた。
「…え…あー、とっ…その」
星野君の家は正直気になるけれど、彼と2人きりで狭い空間に居て何もしない自信がない。
いや…我慢するけど…。
彼の裸を想像してしまって、微かに顔に熱が集まるのを感じた。
「何もしませんよ」
「え…?」
「約束です。八重樫さんが嫌がることは絶対しません。あ、八重樫さんが俺になにかする分には全然構いませんけどね〜」
僕が警戒していると思ったのかそんなことを言ってくる彼に少し複雑な気持ちになった。
「ほんとうに何もしない?」
星野君はそれで良いのかな。
2人きりで居て僕に何かしたいとは思わないんだろうか。
僕の事を気遣ってそう言ってくれてることはわかっていても、そう思ってしまう自分は重症かもしれない。
そんな僕の心情なんて知らずに、彼は何もしないってしっかりと頷いた。それに少しだけ悲しくなりながらお邪魔しようかなって答えると、星野君が嬉しそうにはにかむから僕は眉を垂れさせて困り顔を浮かべる。
タクシーを捕まえて、彼が運転手の人に住所を言っているのを聞きながら、その場所って高級住宅地だった気がするなってぼんやりと思った。
忘れそうになるけれど、彼は大企業の常務さんなんだ。
「弟にメッセージ入れとかないと」
瑞貴に直ぐに帰るって言って出てきたから、今日は友達の家に泊まるってメッセージを入れた。
『例の人の家に泊まり?』
そうしたらそんなメッセージが帰ってきて、鋭いな〜って笑いそうになる。
『そう。ご飯しっかり食べないとダメだよ』
『子供じゃないんだから大丈夫だよ』
そんなやり取りをしていると、急に星野君が僕の手に触れてきて大袈裟にビクリと反応してしまった。
「何もしないんでしょ」
「あっ、つい」
本当に星野君は僕の考えてることなんてこれっぽっちも分かってないんだから…。
そんな風に触れられると、静まってきていた欲がまた顔を出してくるんだよ。
恨みがましい目で彼のことを見ると、彼が笑いながら、もうしないって手を組んだ。
「……不安しかないんだけど」
「ははは、大丈夫ですよ。約束は守りますから」
そう言った彼にやっぱり複雑な気持ちを抱えたまま僕はまたスマホへと視線を戻した。
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