再開

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あれから数週間後、俺はまた同じカフェへと足を運んでいた。今日は半日で仕事を切り上げて残りは家に仕事を持ち帰る予定だから、カフェでゆっくりしながら相変わらずタブレットで今後のことを確認していく。 秘書の月見から送られてくるショートメッセージと仕事の資料に目を通しながら、終わらない仕事に少しだけため息を吐き出した。 「あれ、この前の」 「え?…ああ、お久しぶりですね〜」 突然話しかけられて顔を上げれば、この前と同じようにあの綺麗な男性が俺の横に立っているのが視界に入ってきた。 無難に緩く返事をすると、相変らず柔和な表情をしている彼がここいい?って俺の目の前の椅子を見て聞いてきた。 「どうぞ〜」 「ありがとう。この前通り過ぎた時にこのカフェ少しだけ気になっていたから来てみたんだ。まさか君がいるなんて思わなかった」 「そうだったんですね。ここから勤務先が近いのでたまに来るんですよ」 無難な会話。 店員さんに声をかけてお冷を持ってきてもらうと、彼はありがとうございますって店員さんに優しくお礼を言う。 やっぱり誰にでもそんな感じなんだな〜って前に思ったことを再度思いながら目の前に置かれている珈琲に口をつけた。 綺麗すぎて年齢も予想できない目の前の彼に何を話せばいいのかもよく分からず、ぽつぽつと世間話をしていたけれど、少しずつ会話も減ってきて、このまま話さなくなるのも少し気まずいなと思った俺は弟のことを話題に上げることにした。 「弟が居るんですけどね〜、最近俺の秘書と付き合い始めたんですよ」 「へ〜、弟さんが居るんだね。僕も弟が居るんだ。すっごくいい子でね、瑞貴(みずき)って言うんだけど瑞貴も最近恋人が出来たんだ…。あいつがあの子と付き合い始めたのはとても嬉しいけど、少し寂しい気もするよ」 弟の話題に急に饒舌になった彼に俺はわかる〜って返す。きっと彼も俺と同じで弟が心底大切なんだろうと理解する。 「俺の弟は(さとる)って言うんですけどね〜、色々あってやっっっと付き合い始めたんですよっ。秘書は俺の親友でどうにか上手く行けばいいってずっと思ってたから安心したっていうか…」 「うわあ、その気持ち分かるな〜」 2人、弟の話で盛り上がって最終的には自分の弟の可愛い所を言い合う流れになった。 大の大人2人が弟のことを自慢し合う姿というのは傍から見れば滑稽なのかもしれないけれど、俺達にはそんなこと関係ない。 瑞貴君とその御相手の話をする時だけは、柔らかな顔を更に柔らしく緩めて笑う彼はきっと美形に耐性のない人が見れば即惚れてしまうんじゃないかという位にいい顔をしている。 「そういえば名前を聞いてなかった」 「星野 貴臣(ほしの たかおみ)です。そちらは?」 自己紹介をしながら名刺を手渡すと、彼はそれを受け取って名刺を確認してから微かに驚いたような表情になった。 けれど、直ぐに表情を元に戻して微笑みを浮かべる。 「僕は八重樫 志貴(やえがし しき)って名前だよ。それにしてもあの大きな会社の常務さんだったなんて驚きだな」 「肩書きだけですよ、立派なのは」 「そんなことないでしょう」 八重樫さんがそう言ってクスって笑って、俺はそれを見ながら本当に綺麗な人だと思った。 少しだけ見惚れてしまって、慌てて思考を引き戻す。 八重樫さんはお冷を少しだけ口に入れると、ゆっくりとそれを飲み込む。 それを視界に収めながら、優しげなのに何処か一線を引いている感じがする人だと思う。 まるで優しげな顔の裏で予防線を張るように、自分の内側を守っているような人だという印象を受けた。 まあ、俺の勘だけど。 「そろそろ行かないと」 この後、特に予定がある訳では無いけれど定期的に弟の様子を見に行っているから、時間がある時に行っておきたい。 「そっか、付き合わせてごめんね。楽しかったよ」 「いいえ〜、こちらこそ楽しかったですよ」 会計は既に済んでいるから、八重樫さんに挨拶をしてその場から離れる。 あの優しげな顔を思い浮かべながら、彼と話をして少しだけ彼に興味が湧いたけれど、連絡先も交換していないし流石にもう会わないだろうと前思ったようにそう脳内で呟いて車へと乗り込んだ。
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