離さないから

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テーブルに広げられている料理をつまみながら臣くんが奥さんの話をしてくれるのに相槌を打つ。 奥様はものすごく美人で、料理も出来て、優しくて、一見完璧に見えるんだよって臣くんが僕に話してくれる。 「でもね、完璧な人なんて存在しないんだなって思う時もあるよ。例えば、彼女は極度の機械音痴でね、テレビを付けるのすら慣れるまでは毎回どうやって付けるんだって聞いてくるんだよ。それに結構ドジな所もあってね。よく皿を落としていたり」 「可愛らしい方なんですね」 僕の言葉に臣くんは、そうなんだよって返事をしてくれた。 「僕にとって彼女は何年経っても可愛らしくて、綺麗で、特別な存在なんだ」 「……その気持ち分かります」 きっと僕も、何年経とうと貴臣のことをそんな風に思うんだと思う。 「八重樫くんは恋人はいるのかい?」 「はい。最近付き合い始めたばかりなんですけど、とても素敵な人です」 貴臣の笑った顔を思い出して僕はくすりと笑を零した。 「大好きなんだね」 そんな僕に臣くんがそう言って、真薯(しんじょ)を口に入れる。 「ええ、とても」 目を伏せて、煮付けを食べながら僕も返事を返した。 「こんなおじさんの話に付き合ってくれてありがとうね。帰って妻ともう一度話してみるよ」 悩ましげに眉を垂れさせて笑みを浮かべる臣くんを見て、やっぱり貴臣に似ているなって思った。 貴臣もこういう表情をよくする。 そんなことを考えていたら、別れたばかりなのにまた会いたくなってきた。 「奥様と仲直りできるといいですね」 いつもの笑顔を浮かべて無難に返事を返すと、臣くんはうんって笑顔で返事を返してくれた。 並べられている料理を全て平らげた僕達はお会計を済ませて店を出る。 「帰りはどうされるんですか?」 「そうだねえ……歩きかな」 臣くんの返答に眉を寄せた僕は財布から万札を1枚取り出して彼へと差し出すと、これでタクシー捕まえて下さいって言ってあげる。 「流石に悪いよ……」 「何かの縁ですから」 なんとなくこの縁は大事にした方がいいようなそんな気がして、それに臣くんが貴臣に似ているのもあってつい良くしてしまう。 「……必ず返すよ」 「いいんですよ」 「ううん。この恩は必ず返すから、もしもなにか私にして欲しいことがあれば言って欲しい。出来る限り力を貸すから」 「……え」 そう言って臣くんが僕に名刺を手渡してきて、それを受け取ると、丁度タクシーが通りかかったから、臣くんはそれを捕まえて僕に挨拶をしてからタクシーへと乗り込んでしまった。 唖然としたままタクシーを見送ってから、手渡された名刺に視線を落とす。 「……星野 茂臣(ほしの しげおみ)。星野グループ代表取締役兼社長……!?」 書かれている文字を目で追って、僕は驚きに目見開いた。 星野グループの社長? 星野……そういえば貴臣も同じ苗字だったと気がついた。 今までなにも考えたことは無かったけれど、もしかして貴臣って社長子息? そこまで考えて、それって大丈夫なんだろうか?って僕は思ってしまった。
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