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二度あることは三度ある、ということわざがあるけれど、まさに今その言葉が脳裏を過ぎっていた。
あのカフェの珈琲が気に入った俺は今日も珈琲を飲むためにそこへと足を運んでいた。そこで、女の子に囲まれてテラス席に腰掛ける彼の姿に気がつく。和やかにティータイムを楽しんでいる集団を遠くから見つめながら、今日は辞めておこうかと何となく思って踵を返した。
昼下がりの暖かな陽気が照らすあの場所で珈琲片手に仕事をすればきっと捗ると思うけれど、如何せん仕事中に騒がしいのは困ってしまう。
それに彼が女の子たちと楽しげにしているのを見ているのは何故か気分がいいものじゃないと思ってしまったんだ。
その理由を明確にいえと言われれば困ってしまうけれど、兎に角今は見つからないように会社に戻ることにしようと歩みを早める。
「あれ、帰っちゃうの?」
柔らかな声が背後から俺の耳に届いて、ぴたりと動きを止めると、やらかしたな〜って思いながら振り返る。
風が彼の柔らかそうな明るいブラウンの髪を撫でて、さらりと揺れるのを目に焼き付けながら、やっぱり彼は綺麗だと無意識に思った。
俺は人生の中で八重樫さん以上に目を引く容姿の人間にあったことがない。顔が整いすぎていることもあるけれど、彼の纏う優しげな雰囲気が彼の魅力を増す要因になっている気がする。
「女の子達放っておいていいんですか?」
1人で俺の目の前に立っている彼に尋ねると、彼は言ってきたから大丈夫って答えた。
「今日は弟君の話聞かせてくれないの?」
女の子達に向けるのと全く同じ笑みを浮かべて彼が俺に言う。
だから俺は、会社戻らないと行けなくなったって答えた。
自分の中の一線を超えさせないその笑みに対して、俺も一線を張る。彼と関わるとあの女の子達みたいに深みに嵌って行きそうだと思ったからだ。
それから少しの意地…。
この胸の嫌な感じを、彼を突っぱねることで無くしたかった。
「そっか。残念」
「全然そんなこと思ってなさそうですね」
俺の返しに、彼がキョトンとした顔になる。
少し意地が悪かっただろうか。
言った後にそう思って、冗談だと弁解しようと口を開いた俺は、彼が相変わらず変わらない笑みを浮かべて、嘘じゃないよって言ったことでその口を閉じる羽目になった。
「ふーん」
出てきたのはそんな相槌だけ。
態度の悪い俺に嫌な顔1つせずに笑っている彼は優しいと言うよりも、感情を人に見せないようにしている様に感じる。
「そろそろ本気で会社戻らないといけないから」
妙な雰囲気を打ち破りたくてそう言えば、頑張ってねって彼が声をかけてくれる。
俺はそれに1度お辞儀だけして、彼に背を向けて会社への道を今度こそ戻り始めた。
しばらくあそこには行かないでおこうと心に決める。
彼と唯一繋がれる場所であるあのカフェにさえ足を運ばなければ、俺達は本当に関わる機会なんてこれっぽっちもないんだから。
そうすれば、この胸の痛みやモヤも消える気がした。
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