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かさりと腕の中で音を立てるそれを見て、流石にこれはやりすぎたかって思いながらも今更引き返すことも出来なくて、それを抱えたまま久しぶりにあのカフェへと足を運んだ。
「お好きな席へどうぞ」
店員さんにそう言われて、いつも通りのテラス席へと腰掛けると、自分の傍らの席に腕に持っていたそれをそっと置いてキョロリと周りを見渡してみた。
「…まあ、いないよな」
今日会えなければ明日、明日が無理なら明後日、何度でも来ればいい。
月見の、鍵を開けれる人間になれという言葉は思いの外俺の背中を押してくれて、俺は今日こうしてカフェに来ることが出来ている。
月見はいつも重要な時に俺の背中をしっかりと押して引き上げてくれるから、本当にあいつには感謝していた。
この間飲み損ねた珈琲を飲みながら、そわそわしていても仕方ないとタブレットを開いて仕事を始める。
さわさわと植木の葉が風に揺られて心地の良い音が鼓膜を揺らしてくる。
「今日は来てたんだね」
その風に乗って、少し高くて柔らかな声が俺の頭上から降ってきて、ゆっくりと顔を上げると相変わらず綺麗な彼が俺の背後に立ってこちらを見下ろしていた。
「久しぶりですね」
「もう来ないかと思ってたよ」
「…まあ、そのつもりだったんですけどね〜、開き直ることにしたんです」
「んん?」
どういうこと?って言うみたいにコテっと首を傾げた彼は少しだけ幼く感じて、相変わらず年齢不詳だなって思う。
俺は傍らに置いていたそれを手に取って、椅子から立ち上がると彼の目の前に片膝をついてそれを彼に向かって差し出した。
「…なに、花束?」
色とりどりの可憐な花が咲き誇る花束を彼に向かって差し出しながら、やっぱり少し大袈裟だったなって心の中で自嘲気味に笑う。
彼の心に踏み込むにはどうしたらいいのか散々考えてみたけれど、いい案は浮かばなくて、結局なにかをプレゼントでもしてみようっていう陳腐なアイディアしか出てこなかったんだ。
けれど、プレゼントすると言っても形に残るものは重いかもしれないと思った。
花なら、いつかは無くなってしまう物だから、いいかと思ったんだ。枯れてしまうけれど、枯れたらまた渡せばいいと。
「俺は絶対あんたの心に入り込んでやるから」
笑いながらそう言って花束を押し付けると、彼は俺の勢いに呑まれてそれを受け取ってくれた。
「…僕、プレゼントは…」
「折角かっこよく決めたのに受け取ってくれないんですか?」
「……うーん…分かったよ」
笑みを崩して、煮え切らない顔で俺から貰った花束を見つめる彼を視界に入れながら、やっとあの笑顔を崩せたことに喜びを感じた。
困らせてるだけと言われればそうだけど、俺的にはそれでも飛び上がりそうなほど嬉しい進歩だ。
「ほら、座って」
「…あ、うん」
俺が座っていた席の目の前の席の椅子を引いて座るように促すと彼が言われるままそこに腰掛けてくれて、彼を見下ろしながらこの人は髪の先まで綺麗なんだなって思った。
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