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『もーね、そんなに言うなら専門家呼べ! オカルトの専門家を!』
動画投稿主のあまいちは、自身の動画内でそう締めくくった。三日前のことだ。某県某山中に金塊に匹敵する幻の蝶が生息しており、それをトカゲ女が守っている。そんないかにもデマな都市伝説に突き動かされて、立ち入り禁止の自然保護区に乗り込んだのが事の発端だった。当然、動画及びSNSは炎上。あまいちは動画再生数を稼いで大満足し、炎上騒動の持ち上がったその日のうちに謝罪動画を投稿した。真っ黒な画面に白抜き文字でデカデカ「謝罪」と書かれたサムネイルがわざとらしさを助長する。そんなお騒がせ動画の最後の言葉がそれだった。
「もしもしあまいち? 例の都市伝説のニッチな専門家見つけたけどどーする? 今日会う?」
電話に出るなり、友人は早口に情報を流し込んできた。時刻は午前二時。撮り溜めた別の動画に、あまいちは自前のテロップを付けている最中だった。
「えぇ、マジで? え、専門家ってそんなすぐ会えるもんなの? すげーな」
類は友を呼ぶというが、火種の周りには火の気が集まるものだ。炎上仲間のツテで、その日の午後にはもう専門家と名乗る男と面会できることになっていた。その名を罠三原正義という。現れた罠三原とのあいさつもそこそこに、あまいちは愛用のカメラで撮影を開始した。
「罠三原さん、俺ね、トカゲ女と幻の蝶を探しに行きたいんですよぉ。ぶっちゃけ……どうなんですか? ホントにいると思います?」
ざっくりとした調子で切り込むと、罠三原は細い眼を一層細めて、一言、
「……います!」
そう断言した。
「うおーっしゃ!」
あまいちは感嘆の唸り声を上げつつ、手を叩いた。
「でですね……自分の調査によると、どうもこれがただのオカルトじゃなくてですね」
こちらですと言いつつ、罠三原は多国語の入り混じる論文を資料として出してきた。流石はオカルト雑誌に寄稿したことのあるライター、といったところか。
「これは一般社会ではあまり知られていない事なんですけどね、実は、その都市伝説に出てくる蝶っていうのが、只の蝶じゃない可能性があるんですよ」
「ほぉ、ただの蝶じゃ無い?」
「はい。この資料がその根拠になるんですけども、この論文をまとめた陰乍教授の話を総合すると、その蝶っていうのは実は、政府が、某国家との密約でこっそり不法投棄した放射性物質によって、変質してしまった蝶なのではないかって話なんですよ」
「ほぉ」
「もしくは蝶っていうのは隠喩であって、不法投棄された放射性物質そのものを示しているんじゃないかっていう説もあります」
「うおー」
「で、今もそれは垂れ流されていて危険なんだ、でも、某国にべったりの政治家たちが自分たちの利益のために事実を隠しているんだ……という話なんですね」
「おおぉ……じゃあトカゲ女っていうのは……」
「恐らくUMAみたいなものではなくて、その秘密を守ってる別の何かの可能性がありますね」
「おいおいおい……話がでかくなってきたぞ。じゃちょっと、幻の蝶がなんなのか、トカゲ女とは本当は何なのかっていうその辺も含めてね。今度、調査行ってきます! 罠三原さんありがとうございました」
「ありがとうございました」
その言葉と共に、あまいちは録画を終了した。ふと、彼の足元に罠三原のつぶやきがポツリと落ちて来た。
「本当に行かれるんですか」
「行きますよ! 真実を確かめるためだったら俺アマゾンの奥地だって向かいますよ。あー違うな。真実と、いいねと、再生数と、チャンネル登録者数のためですね」
「……ちなみになんですけど、この話でギャラいただいていいんですか?」
「あー出します出します! もちろん、きっちりお支払いしますんで!」
「分かりました。あまいちさんがそこまで真剣だと、自分もただ情報を提供するだけではロマンの納まりが付きません。あまいちさんは再生数といいねと登録者数を稼ぎ、自分はギャラを稼ぐということですね」
「です!」
あまいちが徹夜明けの妙なテンションで返事をすると、罠三原はここオフレコで良かったですね、とほほ笑んだ。
「あぁ本間さん。どうもお疲れ様です、罠三原です。カメラ映っていますでしょうか?」
「どうもお疲れ様ですー、映ってますよー」
あまいちの調査決行日は一週間後と相成った。その間に、罠三原にはどうしても欲しいものがあった。写真なり映像なり、とにかく手掛かりになりそうなものが必要だった。何しろ幻の蝶伝説の専門家を名乗っているにもかかわらず、罠三原は自前の一次資料を持っていなかったのだ。そこで頼るのが実際に都市伝説に遭遇したことがあると語る本間エーコだ。ビデオ通話で彼女の顔を見るのは久しぶりだった。
「あのですね、今度、例の都市伝説と放射性物質の関係を調べに行く人がいるんですよ」
「えぇはい」
「本間さんはトカゲ女を見たって発言した最初の人じゃないですか。何か本間さん秘蔵の……手掛かりになる様な映像とか写真とかありましたらですね、あまいちさんに渡してあげてほしいんですよ」
すると、本間はセミロングのボブヘアを揺らしつつ、ふふ、と笑った。
「罠さん、主体を逸らしちゃいけません。私の持つ手掛かりが欲しいのは、あまいちさんじゃなくて罠さんでしょ?」
「……はは、バレましたか」
「そりゃバレバレですって! だってその説一番証明したいと思ってるの、罠さんだけですし」
「おっしゃる通りです」
「ま、でも実際に使うことになるのはあまいちさんなんですよね」
「そうなんですよ。自分はあくまで協力者、情報提供者ですので」
つまり、本間はこう考えた。トカゲ女と幻の蝶の映像を売れば、罠三原が助かるし、オカルト映像の出どころの第一人者として必ず取り上げてもらえる。何れはオカルト情報のライターとして、罠三原を追い越せる日が来るかもしれない。そして一協力者として、有名投稿主たるあまいちの動画に名前が載るかもしれない、と。
「じゃあ、分かりました。実はまだ世に出してない秘蔵映像、罠さんに売りますよ。なんてったって私と違ってガチの専門家ですからね」
「いいんですかっ!」
「その代わり高いですよー?」
「えぇそれはもう……分かっております。確実にお支払いします。あまいちさんの動画内で映像を使えば、使用料もいただけますし。自分としては、どんな財宝よりも価値のある映像ですからね」
「ふふ……ありがとうございまーす」
罠三原とのビデオ通話を終えると、本間はタブレットのカメラやマイクが間違いなくオフになっていることを確認してから、スマホ二号(一号もいるのだ!)のラインを開いた。連絡するのは映像クリエイターを名乗る男、句読点食べたい。である。
Hon:おつ
。:ども
Hon:ちょっと仕事の相談があるんだけど、いい?
。:いいすよ
句読点食べたい。は本間と同大学、同学科の後輩だった。学生時代には実録映像風の短編ホラー映画を作ったこともあり、以来、本間は真偽不明の映像を調達するのに良くこの後輩を頼っていた。
Hon:何年か前に、幻の蝶とトカゲ女の都市伝説を基にした動画作ってもらったじゃん。あれと同じコンセプトで、秘蔵映像ってことで続きを作って欲しいんだよね
Hon:なお、期限は二日
。:は?
。:二日???
。:ふざけてんのか
Hon:いや大マジメさ
本間がメッセージを送ると、句読点食べたい。から顎に手を当てて考え込む絵文字が送られてきた。
まぁいくら何でも、句読点といえどもそうだよな、と本間は思う。ここからどう交渉しようかな、と考えている間に返事が来る。この男の良いところは即断即決できるところだった。
。:まーいいすよ。前の時もなんかおもしろかったし
Hon:神
。:ギャラくれ
Hon:任せろ!
そんなやり取りが成されているとはつゆ知らず、あまいちはとある山中へと赴いたようだ。句読点食べたい。がこしらえた断片的な動画を本間から買い取った罠三原を伴って。
バトルロイヤルゲームのソロプレイヤーfaf.は、二週間前から気になっていたその結末を知るために動画を再生する。
『どーも。貴方のためのあまいちです。えーとね。前回の動画から二週間くらい経っちゃったんだけどね。あのー幻の蝶とトカゲ女の都市伝説に詳しい専門家を探すところからね、動画にしたかったからー、今回ちょっといつもより投稿頻度落ちてました。ごめんね!』
両手を合わせて軽く謝るあまいち。彼の隣には、自らの手で証拠映像をカメラに収めようと息巻く罠三原正義も直立不動の姿勢で立っていた。彼の細い目が見開かれていた。
あまいちが、まずはこちらの映像をご覧ください、と恭しく右手を差し出す。ドキュメンタリー風に作りたかったのだろう、動画はロケの間に事前に撮っていた罠三原との対談や資料映像の紹介などを少しずつ挟んで、本間が用意させた嘘動画と同じ場所に至る、という流れだった。
『罠三原さん、ぶっちゃけ……どうですかね、いますかね』
『……いるなら出て来て欲しいですし、何かしら映ると良いですよね』
そこまで見て、faf.は動画を一時停止する。昔から、都市伝説の真偽を確かめに行く系の番組はよくあった。そして大抵は「今回は見つからなかった……」とか、あいまいな感じで締めくくるのだ。これもきっと「稼ぎたいだけ」の動画なのだ。
あまいちは前回の動画で自然保護区内の立入禁止区域に踏み込み、近々罰金を支払うことになるだろうと多方面で言われている。
faf.はため息をついた。
「……よし! 一人撃破~ちょ、初心者……そこは私を呼べください……!」
今日もfaf.はカジュアルマッチを配信しながら、ファンとダラダラ喋っている。faf.という名は財宝を独り占めするドラゴンの名前に由来する。その証拠に、彼女の皮膚は濃紺の鱗で覆われていた。ゲーミングPCのブルーライトは、彼女の鱗の一枚一枚を真珠様に照らす。
「あ、コーミーさんスパチャありがとうございますー!」
そう言いつつチラリとコメント欄を見る。ポロポロ流れるコメントの中に、気になる話題があった。「あまいちの炎上動画見た?」とか、「でかい口たたいてた割に収穫なくて草」とか、「明らかに陰謀論者の謎理論過ぎて……」とか、「信じろっていう方が無理ー」とか。
「あー、ちょっと見た。でも思ってたんと全然違った……っしゃ!」
faf.がその話題に乗ると、次第にコメント欄の流れが加速していく。faf.ちゃんはどういう風になると思ってたの? というコメントが一瞬見えたので、彼女は座り直した。
「えー? なんか、レプリカとか出して、もっとメチャクチャ壮大な嘘付いてくるのかなって思ってたからー。ちょっと、がっかりした。ありきたりな……元ネタを水で薄めたみたいなオカルト番組風に終わってたよね。違うんだよそういうんじゃねーんだよって思った」
そう言っている傍から、コメント欄には「訳知り感」「そんなこと言って、faf.もこの配信中に炎上するんじゃねーの」などと懐疑や不信の言葉が溢れていく。
「うん、まぁこれ別に信じなくていいけど、あぁ、そうなんだなーって軽く流してくれて全然いいんだけどさ。まぁ……トカゲ女本人としてはね、別にフツーに生きてるし、ガイガーカウンターも反応したことないし、金塊に匹敵する幻の蝶も飼ってないからね」
俄かには信じ難い話であろう。しかしそれでも構わないのだ。そもそもfaf.だって、自分がなぜこのような姿で生まれて来たのか皆目見当もつかない。だから、ネットの向こうのお客さんに自分の話を信じろというのも無理な話だった。当然、みんなの反応は「まさかね」「いやいや」「信じてぇ……!」などと半信半疑の様相。あまいちの動画が失敗したことも要因の一つだろう。それにfaf.自身も特に顔出ししたいと思わないし、というのが現状だ。現代社会にひっそりと溶け込み、できればこのままここで未来永劫ゲームの配信をしていたい。
「だからそのー、あれだよね。私の存在を信じてくれるのは各個人の自由で良いんだけどさ、自分の信じたいことのダシに私を使うなよ……っていう感じかな。あ、赤スパ! ひぃー! ジェシカさんいつもありがとうございますー!」
そう言って、faf.は一度言葉を切った。
流れはいつの前にか濁流とも呼べるものになっている。
「まぁ、ね。私もこうやってスパチャいただいてますからね。人のこと言えないよねー! おっえっ? また赤スパ? ……ありがとうございますーーーっ!」
これで美味しいお肉を取り寄せよう。細かいサシの入ったお肉を思い浮かべながら、faf.は大きく伸びをした。ついでに、背中に畳まれていた大きな蝶の翅も、よくストレッチしておいた。
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