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病院に着くと、入口の所に万吉が立っていた。
「さあ、」と一は、千春の手を離した。「あの人について行けば、あとは大丈夫。君の記憶も、全部戻る」
千春は戸惑った様子で、何度か万吉と一の両方を振り返った。
「一緒に来てくれないんですか」
「僕は此処までだよ」
「どうして」
「僕は幽霊だから」と一は笑った。「君はまだ死んでいないんだよ。君を待っている人がいるんだ。だから、早く行ってあげて」
きっと千春には、自分の言っている事の意味が伝わっていないだろう。説明する必要もない。どうせ元の身体に戻れば、幽体だった頃の事なんて全部忘れるのだ。
それなのに、彼女は言った。
「ありがとうございました。本当に……。私、キンダイチ先生の事、忘れませんから」
喉が詰まって、暫く言葉が出なかった。
「……もし、覚えていたら、」
沈黙の後、最後に千春に伝えた言葉。
「旦那さんに教えてやってくれ。あそこは、安産祈願の神社なんだって」
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